世界5大広告賞のひとつ「London International Awards(以下、LIA)」が、9月25日~10月3日の9日間、米ラスベガスで開催された。「Created for Creatives(クリエイターのために創られた賞)」として1986年に創設され、今年40周年を迎えたLIA。広告、デザイン、パッケージデザイン、データ、テクノロジー、クラフト、ヘルス、ファーマ、ミュージック、PR、イノベーション、ストラテジー、B2B、ビジネス変革、ブランデッドコンテンツ、メディアといったあらゆる形態のクリエイティブ作品を審査対象とする。

 編集部では、今年デザイン部門およびパッケージデザイン部門の審査員を務めた、Canvaのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター Cat van der Werff氏にインタビューを行った。世界をリードするビジュアル・コミュニケーション・プラットフォームであるCanvaを率いる同氏が、LIA参加を通じて改めて認識したこと。それは、プロフェッショナルなクリエイターが生み出す優れたデザインの役割は世界共通で、「現実の問題を解決し人類を進歩させること」であるという真実だ。
 

LIAで「クリエイティビティは真の世界共通語」と再認識


Cat van der Werff 氏
Executive Creative Director
Canva

ー 世界190ヵ国以上で、フォーチュン500企業の95%を含む2億3,000万人以上のMAUを抱えるCanva。「デザインの民主化」によって急成長を遂げている同社において、どのような役割を担っていらっしゃるのですか。

  「世界中の人々にデザインする力を与える」ことを使命とするビジュアル・コミュニケーション・プラットフォームのCanvaで、エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを務めています。ブランド、キャンペーン、パフォーマンス、プロダクションなど幅広い分野にわたる、グローバルで120人以上のクリエイターで構成されるインハウス・クリエイティブエージェンシーを率いています。

 このインハウス・クリエイティブエージェンシーは業界で高く評価いただいており、ゴールド・トランスフォーム・アワード3冠、In-House Agency of the Year(IHAC)、
ANA In-House Excellence Award、ADWEEK Creative 100 にも選出されています。

 私は2018年に、そんなCanvaに初代ブランドデザイナーとして入社。それまで15年以上にわたって培ってきたグローバルブランド構築の経験を生かし、Canvaの象徴的なキャンペーン「What Will You Design Today?(今日は何をデザインする?)」や「Love Your Work(自分の仕事を愛そう)」、さらに毎年恒例の「Canva Create」イベントなどのクリエイティブディレクションを手がけてきました。

  「スケールするデザイン」「信頼に基づく強いクリエイティブチームの構築」そして「世界中の人々に本当に愛されるブランドづくり」に注力しており、デザインは善の力(a force for good)であると信じています。

 
職場でのクリエイティビティに焦点を当てた、Canvaの新しいブランドキャンペーン「Love Your Work(自分の仕事を愛そう)」。世界的に見てわずか23%の従業員しか仕事に熱意を持っていないという現実を背景に、Canvaがどのように人々の「仕事への誇り」や「やりがい」を引き出す力を持っているかを表現した。



ー London International Awards(LIA)2025で、デザイン部門およびパッケージ部門の審査員を務められました。どのような目的を持って参加されましたか?

 審査員として参加したのは、世界中から素晴らしいクリエイティブ集団が結集する場に、私も身を置きたいと考えたためです。

 最も印象的だったのは、私たちはバックグラウンドや視点がそれぞれ異なるにもかかわらず、優れたデザインが果たすべき役割について共通認識を持てたことです。それは、現実の問題を解決し人類を進歩させること。クリエイティビティは真の世界共通語であることを、あらためて実感しました。

 今回のLIAに、デザイン部門およびパッケージデザイン部門審査員として、卓越したクリエイターたちと共に参加できたことは、大変光栄なことでした。私自身、これまでのキャリアを通じてこの権威ある賞を追いかけ、応募してきました。それが今、審査員としてマーケティングとクリエイティビティの分野で最も優れた頭脳が生み出す最高峰のデザインを表彰する立場に立てたことは、まさに夢のようです。


︎ー Canvaのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターというお立場からみて、他の国際広告賞と比較した際のLIAの存在意義や特徴について、お考えをお聞かせください。

 LIAで私がいつも感銘を受けるのは、クラフト(技術)とクリエイティビティに対する本物のリスペクトを持っていることです。作品の規模や拡散力だけでなく、その背後にある“想い・丁寧さ・物語性”といった、作品を命あるものにする要素を 心から評価してくれるのです。

 また、世界的なアワードの中でも、今なお非常に“人間味”を感じる数少ない賞のひとつです。審査員は、日々クリエイティビティを追求して生きる、 本当に尊敬できる仲間たちで構成されています。審査のプロセスは厳格であると同時に、心から刺激を受ける体験でもあります。 審査の場で交わされる会話は、「なぜ自分がこの業界を愛するようになったのか」を 改めて思い出させてくれます。

 

デザインが民主化しても、プロのクリエイターが代替されることはない


ー 今年のLIAに参加して得られた発見・学びには、どのようなものがありましたか。

 最大の学びの一つは、「優れた作品とは、単に美しくデザインされただけではなく、意味深いものである」ということです。

 応募作品の中で最も優れていると評価された作品は完璧につくり込まれていましたが、それらは美学を超越していました。現実の問題を解決し、何らかの形で人類を進歩させていたのです。「世界をより良くする」、それが優れたデザインの役割なのです。

 デザイン部門のGrand LIA(グランプリ)はシカゴ聴覚協会の「Caption with Intention」、パッケージデザイン部門はAlivia Healthの「Glowing Relief」に授与しました。いずれも技術・革新性・目的意識の際立った、美しい実例です。
 
シカゴ聴覚協会「Caption with Intention」。カンヌライオンズ2025でも3部門でグランプリを受賞するなど高く評価された、映画の字幕を再設計したプロジェクト。
 
Alivia Health「Glowing Relief」。急速な高齢化が進むプエルトリコで、同国最大の小売薬局チェーン「Farmacias Plaza」を運営するAlivia Healthが生み出した、暗闇で光る薬ラベル「Glowing Relief」。夜間や停電時でも薬瓶の処方ラベルが見やすくなるように設計されており、高齢者が誤って違う薬を服用したり、服薬を忘れるリスクを減らすことが目的。


 特に印象的だったのは、手作りの技法への回帰でした。ペーパーアート、触覚的な質感、精緻な写真。創造の過程こそが発見を生むのです。

 また、電通が手がけた、ニッカウヰスキー「No Labels」キャンペーンには大きな感銘を受けました。ボトルのラベルを全て剥がし、光を透過させてダイナミックなシルエットを創り出していた。ウヰスキーに対する認識の進化を象徴していました。包括性(Inclusivity)、芸術性(Artistry)が伝わり、心に響くメッセージです。
 
ニッカウヰスキー「NO LABELS」。カンヌライオンズ2025でも、インダストリークラフト部門でゴールド受賞するなど高く評価された。創業90周年を機に、ブランドパーパスに基づくコミュニケーションコンセプト「生きるを愉(たの)しむウイスキー」を打ち出した。


ー Canvaはあらゆる人がクリエイティビティを発揮できるようにするためのツールです。プロフェッショナルな広告クリエイターとCanvaはどのような関係性を築くべきだと考えますか?


 デザインが身近になればなるほど、クリエイティビティへのハードルは高くなります。プロのデザイナーとして、私は幾度となくこのことを目の当たりにしてきました。

 誰もがCanvaのようなデザインツールにアクセスできるようになったとしても、それは技巧の価値を損なうものではありません。むしろ、プロのクリエイターが唯一無二の立場で担うべき役割ーー 戦略的思考、問題解決、文化形成ーー をさらに高めるのです。

 Canvaではこれを「クラフト、そしてスケール(Craft, then Scale)」と提唱しています。デザイナーはCanvaのオールインワンビジュアルスイートと統合されたAIを使ってシステムを構築し、それを組織内の他のメンバーが活用できるようにします。こうすることでデザイナーは、意図、直感、センスが必要とされる、真に重要なクリエイティブな業務(技術では再現できない領域)に集中できます。

 組織全体でデザインリテラシーが高まると、デザインの技術への理解も深まることがわかっています。デザインを行う人が増えたからといって、プロのクリエイターが代替されることはありません。むしろ彼らの影響力は増幅されると考えています。