DX成功のカギは「軸をぶらさずに対話を重ねる」こと


―― CMのお話も出ましたが、全社的なDX推進において組織間の連携や人材育成も重要と思います。連携への考え方やDX人材方針、また、DX推進における課題感を教えてください。 

 当社は近年、積極的なM&Aを進めており、地方にも複数の事業会社が傘下にあります。親会社と事業会社とで方針が異なる部分もあるので、密なコミュニケーションが必要です。グループ全体でDX推進委員会を立ち上げ、横串でコミュニケーションを取り、情報共有を密にしながら推進する体制も整えています。

 また、急速に大きくなった会社のため、デジタル人材は量・質とも十分とは言えない状況です。当面は外部人材も活用しつつ、部下の指導や全社的な育成体制の整備も含めて、取り組んでいかなければならないと思っています。

 課題感については、数多くの事業会社があり売上規模もシステムも異なるので、統一には苦労すると思いますが、ほとんどゼロから変革できるため、むしろ「手をつけられることの多さ」を前向きに捉えています。

 DXは一見、複雑に感じられますが、実はシンプルで分かりやすいです。人の代わりにロボットが動き、紙がデジタル化し、各地に散らばるグループ会社もWeb上で会議や決裁ができる。生産性もスピードも向上する。

 アマゾンジャパン時代から一貫して続けているように、相手の立場に立ちつつ、こちらのリソースも加味して優先順位をつけて「DXのビフォーアフター」をしっかりご説明すれば、プラスの面が多いことを理解いただけると考えています。

―― 業界の違いはDX推進にとって大きな問題ではないと仰っていましたが、初めて飲食業に参画するうえで心がけていることはありますか。

 小売業でもそうでしたが、まず現場を見ることを重視しています。セブン&アイ・ホールディングスに入った時も、コンビニや百貨店の総合受付に制服を着て立ち、顧客対応やレジ打ち、品出し、発注、掃除まで一通りやらせてもらいました。現場のオペレーションを知ることでDXにおける課題や改善後のイメージを明確にできるからです。

 当社に入社した際も、顧客になったつもりでお店を見て回り、一通りの料理も食べました。裏方の業務もとにかく見る。体験し、感じたことはスマホでメモや撮影をして、その日のうちにレポートにまとめるようにしています。

 世の中全体から見ると、私自身が長く取り組んできた小売業もデジタル化で遅れていましたが、飲食業界はさらに遅れているのが現状です。デジタル化したくても人材やノウハウがないという業界に、現場のオペレーションを含めた変革に強みを持つ自分が入らせていただく意義があると考えています。飲食業界は今、さまざまな意味で過渡期にあるので、私もやりがいを感じながら取り組んでいます。

―― 「変革」を推し進めるうえで田丸さんが大切にすることをあらためて教えてください。

 アマゾンジャパンに16年いて根付いた習慣ですが、「顧客目線」「ユーザー目線」を絶対に失ってはいけないということです。プロジェクトを進める際は社内政治や予算やベンダーなど、顧客ではないところに目がいきがちですが、すべてはサービスやシステムを利用する消費者のためにあります。社内やステークホルダー向けのDXであれば、社員や取引先を「ユーザー」と見なすことも重要です。

 また、これはパーソナリティの部分ですが、特にDX変革者は「人格者」でなければならないと肝に銘じています。小売DXが失敗する例として、会社全体で「やるぞ」とコミットしていても、外部から来た人材がビジネス部門や現場の意見を聞かずに進めたために、折り合いがつかなくなるパターンがあります。もちろん、一切耳を傾けないわけではないと思いますが、「勝手に進めている」と反感を持たれる時点でコミュニケーションが取れておらず、信用されていないと言わざるを得ません。

 DXには、最初はどうしても現場の負担が増えるなどマイナス面があります。どうしてマイナスが出るのか。5年後にはどんなプラスに転換しているのか。うまくいっていた既存の文化や運用を否定されるのは、誰でもいい気持ちはしません。経営陣にも現場の声にも目を配り、たとえ理不尽に思えることがあっても決して怒らず、そして迎合せず、軸をぶらさずに対話を重ねる胆力とバランス力が必要だと思っています。

―― 「和食さと」などが今後、どのようなDXによる顧客体験をもたらしてくれるか注目したいです。本日はありがとうございました。