100年間変わらなかった課題を、今こそテクノロジーで解決する


ー チェーンストア誕生以来、ほとんど変わることがなかった課題の数々。AIをはじめとするテクノロジーを活用することで、ようやく解決の一歩を踏み出せそうだ…というのが今の状況でしょうか。

 これまでチェーンストアのDXというと、店前通行量や入店率を計測して集客施策を考えるとか、デリバリーに対応するとか、CRMでお客様と繋がり続けるとか、「お客様とのインタラクションやお客様の理解」の話がほとんどでした。西友(ウォルマート)にいた8年間を含め、色々なチェーンストアでDXに関わってきましたが、提案される案件はそういう話がほとんどだったんです。それらももちろん必要なことですが、私はそれ以上に、チェーンストア理論が想定するコンセプト(店内における直感的な購買体験の実現と、その弛まぬ改善)と現実とのギャップを埋めることが重要だと考えています。

 チェーンストアは、店舗と本社の業務プロセスが絡み合った有機体のような構造をしていています。そのため、どちらかを部分最適化しても、本社と店舗の建設的なフィードバックサイクルは回らない。全体最適化する方法でないと、根本的な解決にはならないと考えています。そこに挑戦しているのが、プリファードネットワークスの「MiseMise(ミセミセ)」です。

 MiseMiseで最初に改善しようとした業務が「品出し」です。バーコードリーダーつきの端末を持って店内を回り、品切れしている商品のバーコードをスキャンしていくと、品出しリストが生成される。バックルームに行き、品出しリストの該当商品をタップすると、その商品の在庫がどのカートに載っているかが表示される。これまで1SKUあたり20分かかっていた品出しが、2秒で終わるようになります。品出しのスピードが速くなるだけでなく、品出しスキルを平準化できることも重要なポイントです。店舗スタッフは生鮮/デリカ/飲料など売り場ごとの担当制が敷かれ、品出しも売り場担当ごとに行うことが多いですが、それをマルチ担当制に変えることで、慢性的な人手不足に対応することができます。

 小売の人件費は、例えばスーパーマーケットだと売上の約12%、ドラッグストアだと5-6%を占めます。そのうち4-5割が品出しに取られていると考えると、バックルーム内の商品を探し出すのにかかる時間を20分から2秒に短縮することが、チェーンストア経営においていかに重要なことかイメージが湧くのではないでしょうか。

 また、端末の操作ログを元に、作業効率の良し悪しを測定したり、作業の進め方を分析することもできます。例えば「Aさんは1時間に120ケース出しているけれど、Bさんは2ケースしか出してない。Aさんが複数の種類の商品を一気にスキャンしてまとめて品出ししている一方、Bさんは商品ごとに都度スキャン→品出しをしていることが、効率の違いにつながっているようだ」といったことがデータでわかり、Aさんの進め方を標準作業とすることで店舗全体の作業効率を上げることができます。全員の動作をモニタリングし、“Aさん流”との差分をコミュニケーションすることで、さらなる効率アップのヒントを一人ひとりのスタッフにアドバイスすることも自動的に実施できます。

 バックルーム内の在庫の量や場所を正確に把握できると、他にも本社・店舗の双方にとって嬉しいことが起こります。品出しが楽になり、発注がスムーズになるので、品切れが減る。動きの悪い商品は、値引きして店頭に出すことで在庫を軽くできる。恒常的に品薄傾向にある商品は、発注数を増やしてキャッシュフローを改善する。こうして売上を伸ばし、商品全体の在庫回転を正常化していくことができるのです。

「品出し」機能の次に開発したのが、「棚割り」をサポートする機能です。バイヤーが作成した棚割りを各店舗にカスタマイズして自動生成するのはもちろん、店舗×SKU単位で期待売上数量を予測して、最も売上・利益に貢献する棚割りを考案することもできます。例えば、同じ飲料カテゴリで一番売れる商品と一番売れない商品は、どれくらいの比率で棚に並べるべきだと思いますか? ある店舗において炭酸飲料について分析してみると、なんと20:1が適切だとわかりました。人間が考えるとなかなかそういう大胆な設定は難しく、なんとなく感覚的に4:1や5:1くらいにしてしまうところ。これを、AIはバイアスなく判断してくれるのです。機会損失を減らし、売上を最大化する店づくりを、100店舗あるならば100通りにカスタマイズして考えることも可能です。

 店舗内を自動的に走って棚を撮影するロボットも、実証実験や導入が進んでいます。撮影データから、各店舗のどこに何がどれくらい並んでいるか? 品切れがどれくらいあるか? 値札の貼り間違いがどれくらいあるか? といったことがデータ化できるようになります。店舗にとっては在庫管理(発注管理)や品出しに役立ち、本社にとっては各店舗で指示通りのオペレーションが回っているか確認するのに役立ちます。言ってみたら「万能地区長」と「万能売り場作業指揮者」を足したような役割を、このロボットは演じてくれるというわけです。さらに、各店舗が自店の特性に合わせて行っている工夫を把握し、売上データと突合させて工夫の良し悪しを自動判定、良い工夫は本社へのフィードバックと棚割りへの反映を自動で行うことができます。チェーンストアの効率化を希求する一元管理をしつつ、各店舗の個性を生かした運営が可能になるのです。
  

ー 小売向けのソリューションには様々なものがありますが、MiseMiseならではの特徴や設計思想はありますか? 「人間の仕事をAIが代替する」というよりは、「バイヤーや店長の能力を拡張する」という印象を受けました。

 頭でっかちにならず、身体的に考えることを大切にしています。デスクを離れて現場に入って観察してみると、机上で考えていたのとはまるで違う実態が見えてくることがたくさんあります。MiseMiseの「品出し」機能は、そういう観察の中で得られた「バックルームの商品ロケーションをデータポイント化することで、チェーンストアのパラダイムを変えられるはず」という気づきが起点となって生まれました。開発を担当したエンジニアは、この仮説を確かめるために数ヵ月にわたってひたすらバックルームで品出し作業を繰り返し、確信を得るまでは一行のコードを書くこともしませんでした。

 また、ソリューションのUI・UXにはかなり気を遣っていますね。例えば商品のスキャンは、ゼロコンマ何秒でスキャンできないとイライラしますよね(笑)。ユーザーが直感的かつストレスなく使えるようにするためには、妥協なくUIの改善を追求します。着想したら、最小限使える状態のプロダクト(MVP:Minimum Viable Product)をつくり、実際に使ってもらい、その様子を観察して改善ポイントを見つけ、すぐに実装し、また使ってもらう。その改善サイクルを回すカルチャーが根づいていますね。

ー テクノロジーを活用しながら、業務改善やトップライン伸長を図るために、小売企業の組織や人材に求められる意識変革やスキル習得はありますか。

 論理的に考えれば良くなることが明らかでも、心で拒否してしまうと変革は実行できません。ですから、マインドセットとして、見慣れない新しい物事を恐れないこと、食わず嫌いしないことは大事だと思います。自動車がなかった時代の人が、自動車に初めて乗った時はきっと怖かったはず。気持ち一つで、将来にわたって損をしてしまうのは避けてほしいです。

 とはいえ、本社にしても店舗にしても、人間であれば誰しも「自分がこれまでやってきたオペレーションが正しい」という信念を持っているもの。そして、それを変えるのは容易ではありません。MiseMiseを含め、何か新しい仕事の方法を導入する際には、従前のやり方と新しい方法を総合する必要があり、その変化を促さなければなりません。だからこそ、使いやすい・わかりやすいソリューションをつくる努力が欠かせない。まずは使ってみたい!と胸踊らせていただき、テストいただき、結果のフィードバックをいただきながら、少しずつその総合を実践していくしか道はありません。これは何も小売に限った話ではなく、トランスフォーメーションを進めていく時の“あるある”。現場の皆さんと一緒になって、「本当に良くしていきたい」というパッションをもって進めていくしかないと思います。

 オペレーションの複雑性は、おおよそSKU数に比例します。SKU数が多ければ多いほど、また店舗が広ければ広いほど非効率性は上がり、それを解決した時のインパクトは大きいといえます。その観点で、課題が大きいスーパーマーケットからスタートして、あらゆる小売を対象に課題解決をしていきたいですね。
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