2025年10月16日・17日の2日間、国内最大級のB2B特化型マーケティングカンファレンス「B2Bアジェンダ2025 」が静岡・沼津で開催された。

 掲げたテーマは「マーケティング組織の『事業貢献』を再定義し、必要な基盤を整備しよう」。商品部門とともに価値を生み出す。セールス部門とともに売上をつくる。カスタマーサクセス部門とともにブランドを育てる。顧客理解を経営にフィードバックする。BtoBマーケティング組織に、こうした“事業成長の中核”としての役割を求める機運が高まる中、 マーケティング組織ができる/すべき「事業貢献」にはどのようなものがあるか? 事業貢献できる組織へとアップデートするために整備する必要がある「基盤」にはどのようなものがあるか?を改めて考える必要に迫られている。

 本企画では、BtoBマーケターがこれらを検討するための“補助線”として、B2Bアジェンダのカウンシルメンバーがそれぞれの視点から問題提起を行う。

 前回に続いて今回も、横河電機でマーケティング本部⻑・CMOを務めた、オフィスアベツマの阿部剛士氏が「B2Bマーケティングを経営ごと化する処方箋」をお届けする。マーケティングを経営ごと化し、事業活動においてより重要な立ち位置を得ていくためには、「経営から見えている景色」を理解することが不可欠だ。前回は、その理解の第一歩となるようなヒントをお伝えした。後編ではそれを踏まえ、マーケティング組織がどのように事業に貢献していけるか、その可能性を考えていく。
 

企業価値向上のためのマーケティング


 前編では、経営から見えている景色を理解するヒントをお届けしました。後編ではそれを踏まえ、マーケティング組織がどのように事業に貢献していけるか、その可能性を考えてみましょう。

▶︎無形資産(技術・知見)の市場価値化(事業化)

 マーケティングは、R&Dが生み出した無形資産(技術や知見)を、単なる「シーズ」で終わらせず、市場における具体的な「価値」へと昇華させます。課題起点へのテーマ設定を従来の技術起点(シーズ)ではなく、顧客や社会が抱える具体的な課題(ニーズ・ウォンツ)起点へとシフトさせます。さらに、事業への貢献として研究者が技術を磨くだけでなく、その技術が顧客や社会にどのような価値をもたらすかを、共創を通じて具体化するプロセスを重視し、「技術を売る」という企業目線ではなく、顧客目線で市場化と産業化を確固たるものにしていきます。これにより、R&Dに求められる短・中期的な成果や事業への貢献を達成しやすくなります。

▶︎中央研究所は必要なのか?

 中央研究所の在り方にも、時代とともに変化が見られます。1990年代初頭に、「中央研究所時代の終焉」という議論が盛り上がりました。主に米国の巨大企業の研究所の衰退を背景に提起されました。議論の背景には、主に以下の時代の変化と課題がありました。

 冷戦終結後、競争環境でグローバルな競争が激化し、企業はより迅速に市場のニーズに応えることが求められるようになりました。「プロダクト・アウト」から「マーケット・イン」に移行した時期でもあり、研究開発にも短期的な成果や事業への貢献が強く求められ始めました。

 また、第二次世界大戦後、研究は中央研究所で基礎研究を行い、その成果を開発部門、製品部門へと一方向的に流していくという「リニアモデル(線形モデル)」が主流でした。しかし、このモデルでは市場の変化への対応が遅れるという問題が顕在化したため、このリニアモデルに代わって台頭してきたモデルが「クライン・モデル(Kline Model)」でした。スタンフォード大学のS.J.クライン教授によって提唱されたイノベーションのプロセスを説明するモデルです。これは、従来の「リニアモデル(線形モデル)」を否定し、イノベーションの複雑なプロセスを多角的に捉えたため、「連鎖モデル(Chain-Linked Model)」とも呼ばれました。市場プル (Market Pull)はニーズや機会を発見し、市場から研究開発、生産まで、双方向のフィードバック連鎖によって進展するモデルでした。

 直接的な収益に結びつきにくい中央研究所は、景気後退や「選択と集中」の経営戦略のもとで、無駄なコストを生む部門(コストセンター)として批判され、削減の対象となりました。日本の企業においても、1990年代のバブル崩壊以降、経営効率の改善が叫ばれる中で、研究開発の効率の低さが指摘され、中央研究所の事業部への再編や統廃合が進みました。しかし、現在では、前述したように中央研究所は役割を変え、その存在意義が再構築されています。

▶︎現代における中央研究所の新たな役割(必要性が高まる点)

 それでは、現代における中央研究所の新たな役割はどのように変化してきているでしょうか?バブル崩壊後の「選択と集中」の時代を経て、多くの企業が中央研究所を縮小・再編しましたが、イノベーションの重要性が再び高まる中で、その役割は進化しているのです。新規事業創出の中核としての機能強化をする存在として、現代の中央研究所は、単に技術開発を行うだけでなく、新規事業創出の旗振り役となることが期待されています。学術的なリサーチはあくまで一部分であり、市場や顧客のニーズに直結するアイデア創出と事業化を担う組織へと変化しています。

 また、事業部連携と知識の統合(トータルソリューション化)が進み、事業部ごとの縦割りでは難しい、複数の事業を横断した技術や知見の融合を実現する場となろうとしています。これにより、複雑化した顧客ニーズに対応できるトータルソリューションの提案が可能になります。

 これは、オープンイノベーションの「玄関口」にもなります。自社だけでは対応できない技術やスピードに対応するため、外部の大学、スタートアップ、異業種との連携(共創)は不可欠です。中央研究所は、外部の高度な技術を評価・導入し、それを自社の技術と統合する実質的な窓口としての役割を担います。オープンイノベーションでは、質の高い企業や学術系大学やコンソーシアムとパートナーシップを締結して、その枠組みでイノベーション活動を行いますが、パートナーとなる相手ステークホルダーからも、自社が「組む相手」として魅力的な存在として認知されることが必要です。

 結局、これらの変化は無形資産としての「企業独自の技術資産の蓄積」を意味しています。長期的な競争優位性を確立するには、他社が容易に真似できない自社独自の「技術資産」が不可欠です。中央研究所は、目先の成果にこだわらず、この非連続な革新をもたらす種となる技術を継続的に育む役割を担います。

 現代の企業にとって中央研究所は、従来の「純粋な研究機関」というよりも、「将来の成長とイノベーションを保証する戦略的な投資拠点」として、その存在意義を見直されていると言えるのではないでしょうか。