国内外のリテールとメーカーのマーケターが集結するカンファレンス「リテールアジェンダ2025」(ナノベーション主催)が9月11日、東京都渋谷区のEBiS303で開催された。200人あまりが参加し、小売ビジネス・マーケティングの最新潮流が共有され、議論とネットワーキングが交わされた。
2日目のキーノートに登壇したのは、7月に西友を買収し注目されたトライアルホールディングスの代表取締役社長 永田洋幸氏。モデレーターを西友でのCMO経験もあるPreferred Networks エグゼクティブアドバイザー 富永朋信氏が務め、「トライアル流・データ経営の進化~西友買収と、リテールの未来を切り拓く戦略」をテーマに、データ活用を核にリテールビジネスの革新を続ける同社の戦略に迫った。
2日目のキーノートに登壇したのは、7月に西友を買収し注目されたトライアルホールディングスの代表取締役社長 永田洋幸氏。モデレーターを西友でのCMO経験もあるPreferred Networks エグゼクティブアドバイザー 富永朋信氏が務め、「トライアル流・データ経営の進化~西友買収と、リテールの未来を切り拓く戦略」をテーマに、データ活用を核にリテールビジネスの革新を続ける同社の戦略に迫った。
ITが祖業、リテールDXを主導
富永 トライアルグループはデータ活用を軸に流通のトランスフォーメーションを進めています。最近は西友の買収も話題となりました。今日は永田さんをお迎えしてリテールDXを考える絶好の機会と思っています。
永田 当社は流通小売業でありながらITを祖業のひとつとして、小売店向けのPOSシステムの開発や大手コンピューターメーカーの受託開発を行い、DXを内製してきた企業です。歴史的にITやデータ収集・活用に注力してきたのは、ビジョンに「テクノロジーと、人の経験知で、世界のリアルコマースを変える」、バリューに「効率化された店舗網で、モノを流通させる力/データとIoTを駆使する力」と掲げていることからもお分かりいただけると思います。

トライアルホールディング 代表取締役社長
永田 洋幸 氏
2009年トライアル入社。中国・北京にてリテール企業向けコンサルティング会社、2011年米シリコンバレーにてビッグデータ分析会社を起業。2015年にトライアルホールディングスのコーポレートベンチャーに従事し、シード投資や経営支援を実施。2017年より国立大学法人九州大学工学部非常勤講師。2018年に株式会社Retail AIを設立し、現職就任。2020年よりトライアルホールディングス役員を兼任。2025年に現職就任。
永田 洋幸 氏
2009年トライアル入社。中国・北京にてリテール企業向けコンサルティング会社、2011年米シリコンバレーにてビッグデータ分析会社を起業。2015年にトライアルホールディングスのコーポレートベンチャーに従事し、シード投資や経営支援を実施。2017年より国立大学法人九州大学工学部非常勤講師。2018年に株式会社Retail AIを設立し、現職就任。2020年よりトライアルホールディングス役員を兼任。2025年に現職就任。
2007年頃にID-POSデータの分析によって店舗オペレーションを支援するシステムの開発に成功し、翌年には全従業員にモバイル端末を渡してDXを加速しました。2013年にメーカーとPOSデータを共有・連携できるプラットフォーム「MD-Link」を、その後「Skip Cart」というスマートショッピングカートを自社開発。2018年に流通の仕組みをテクノロジーで革新することを目的とした新会社「Retail AI」を設立しました。このように店舗網とデータとITを強みとして、グループ全体の店舗数は352店舗、売上高は8038億円、25期連続増収となっています(講演時点)。私自身は流通以外のことをいろいろとやってきて、2025年4月にトライアルホールディングスの代表に着任しました。
最近では行政と協働して国内初のリテールDX開発拠点を福岡県宮若市に開設したり、サプライチェーンの最適化に取り組む「Retail-CIX」というNTTとの合弁会社を設立したりするなど、外部との共創も強めています。

富永 ありがとうございます。私はリテールにおけるDXの本質を考えるとき、大きく2つの方向があると考えます。ひとつは「消費を解明する」横軸の切り口。軸となるID-POSデータは曜日・時間帯・何を買ったか・いくら使ったか、といったレシートごとのデータからその顧客の来店意図を読み取れます。来店意図が分かると商品との紐付けができ、マーチャンダイジングにおける大きなヒントとなりますし、「どんな意図を持った人がどれくらい来る」というデータは、メーカーにとってもマーケティングの材料になります。

Preferred Networks エグゼクティブアドバイザー
富永 朋信 氏
1992年大学卒業後、コダック社に入社。以来、日本コカ・コーラ、西友、ドミノ・ピザジャパンなどマーケティング関連職務を9社で経験。うち、西友、ドミノピザでなど5社ではCMO、マーケティング部門責任者を拝命。2019年7月より現職。同時に、マーケティングの核=人間理解という考え方に基づき、社内にとどまらず、複数の企業に対してブランド、コミュニケーションから人事・組織戦略等多岐に渡るアドバイザリー業務を行う。 内閣府・厚生労働省など政府系機関の広報アドバイザー多数拝命。マーケター・オブ・ザ・イヤー審査員をはじめ、マーケティング系団体・カンファレンスの理事、議長などを多数拝命。OFFICEしもふり代表。著書に『幸せをつかむ戦略』(日経BP社)など。
富永 朋信 氏
1992年大学卒業後、コダック社に入社。以来、日本コカ・コーラ、西友、ドミノ・ピザジャパンなどマーケティング関連職務を9社で経験。うち、西友、ドミノピザでなど5社ではCMO、マーケティング部門責任者を拝命。2019年7月より現職。同時に、マーケティングの核=人間理解という考え方に基づき、社内にとどまらず、複数の企業に対してブランド、コミュニケーションから人事・組織戦略等多岐に渡るアドバイザリー業務を行う。 内閣府・厚生労働省など政府系機関の広報アドバイザー多数拝命。マーケター・オブ・ザ・イヤー審査員をはじめ、マーケティング系団体・カンファレンスの理事、議長などを多数拝命。OFFICEしもふり代表。著書に『幸せをつかむ戦略』(日経BP社)など。
もうひとつはオペレーションの切り口です。「何が何個売れるか」の解像度が高まり、それが上流下流に広がっていくと、デマンドチェーン(需要予測に基づくオペレーション最適化)の計算可能性を高めることになります。それぞれについて、永田さんのビジョンを聞きたいと思います。
永田 まず「消費を解明する」について、中堅スーパーだった私たちが他社と差別化するために試行錯誤してきたのが、「メーカーさんに喜んでもらえるデータとは何か?」ということでした。背景にはプライベートブランドの隆盛や、鮮度の高い正確なデータを流通側がメーカーに提供する仕組みが整っていないといった課題がありました。
どうしたら「トライアルとじゃなきゃできない」とメーカーさんに思ってもらえるか。エコシステム的な考え方を採用するウォルマートを参考に、メーカーさんとの取り組みの中で課題を見つけやすいようにしようと、まず導入したのがカメラによる棚管理、カテゴリーマネジメントでした。
「売れる所はどこ?」となった時に、お客さまが手に取りやすい場所に売れ筋を置くのがいいのか、メーカーが推したい新商品を置くのがいいのか。カメラを使用して検証したところ、どちらもカテゴリーの売上はあまり変わらないという結果になりました。また、ひとつのメーカーが棚を独占すると当社の売上が落ち、やはり競争環境があることが重要であることも分かりました。もちろん、取り組みを始めた約5年前はリテールメディアや販促の選択肢、データ収集にかけられるメーカー側の予算も少なく、地域的にも限られた検証ではありましたが、こういった成功と失敗を繰り返しながら消費の解明を進めてきました。最近ではAIカメラによって分析のスピードと精度が飛躍的に上がっています。
富永 「棚の中の良い位置」について仮説を持ち、検証するのはとても良いことですね。
永田 私たちも正解を持っていないからこそ、メーカーと一緒になって中長期的にデータの収集と棚割りの最適化に取り組んでいきたいです。また、カメラを使用した欠品補充の役割も担います。以前、某ビールメーカーの社長に「流通がちゃんと在庫コントロールをすれば、うちはあと200億円の利益が出せる」と言われたことがあります。
富永 スーパーマーケットの倉庫では毎日何千種類ものアイテムがダイナミックに流動するので、何がどこにあるか把握するのは実はとても難しいです。そこで売り場への補充がおざなりになり、どんどん歯抜けの売り場になっていく。また、在庫切れは売上の機会損失を招くだけでなく、自動発注システムの算定根拠が狂う要因にもなるので、絶対に避けなければいけません。
永田 ディスカウントストアの「あるある」ではありますが、店頭での欠品も在庫自体の品切れも根幹は同じだと思っています。店頭の欠品データをリアルタイムで把握し、後方の在庫を含めて補充環境をしっかり整えることで売り場にモメンタム(勢い・追い風)を付けるのが、流通のあるべき姿です。
富永 今のお話は、消費を理解するという水平方向と、デマンドチェーンの両方が含まれていると思いますが、どちらのほうがより重要だと思われますか?
永田 やはり両方ですね。どちらかだけになると、一方がテクノロジー不足で追いつかなくなります。当社はSkip Cartや顔認証決済といった顧客接点におけるテクノロジー活用が進んでいる面がありますが、バックエンドのAI・データ活用も強化しなければという課題感が、先般のNTTさんとの共創などにもつながっています。
富永 本来の「チェーンオペレーション」は、本社で最適な品揃えと棚割りを作成し、店舗でそれを展開し、店舗からのフィードバックを受けて本社が品揃え・棚割りの品質を改善していくサイクルを想定しています。しかし店ごとの状況が違い、品切れも頻発するような状態では、本社が想定するようなチェーンオペレーションを展開するのは理想論にならざるを得ないのが、現在の日本のリテールの概観だと思います。
永田さんはリテールオペレーションを計算可能にしていくことについてどう考えますか?
永田 流通業全体のデータや情報のプラットフォーム統一化の必要性は、この20~30年ずっと叫ばれていますが、それをやるメリットがステークホルダーにとって薄いことがハードルになっています。ここがもっとつながれば、川上から川下までデータ連携がしやすくなります。BtoCでもBtoBtoCでも、どんなOSでもデータでつながれる環境は、日本のリテールDXを牽引する存在として私たちがつくっていかなければならないのではないかと思っています。




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