リクルートでクリエイティブ・ディレクターとして広告を制作し、武蔵野美術大学では社会人の創造的思考育成プログラムの講師も務める萩原幸也氏が、創造的思考を駆使してビジネスシーンで活躍するプロフェッショナルと対談し、アイデアの源泉やマーケティングにつながる考え方を解き明かしていく「創造的思考の源泉とマーケティング」連載。

 第4回は、日清食品の宣伝部門を率いる日清食品ホールディングス 執行役員 宣伝部長の米山慎一郎氏が登場。インターネットミームをふんだんに盛り込んだ「カップヌードル」のWebCM「ミルクの音 篇」をはじめ、インターネットやSNSで度々話題になる日清食品のCMはどのようにして制作されているのか。CMとして伝えるべきことと爆発的なおもしろさを両立するために普段から米山氏が徹底していることや社長との週一回の定例会議の裏側、日清食品の広告に対する思考などを詳しく紐解いた。
 

おもしろさの「核」を追求する


萩原 まずは、米山さんのキャリアについて簡単にお聞きしたいです。

米山 なんか合コンみたいですね(笑)。

萩原 インタビューです(笑)。米山さんは大学時代、理系の学部で学ばれたんですよね。今の仕事につながっていることはありますか。

米山 実は、当社の社長である安藤徳隆(日清食品 代表取締役社長)も理系で、大学院まで出ています。だからというわけではありませんが、当社では論理で人を説得することをわりと重要視しています。
 
日清食品ホールディングス 執行役員 宣伝部長
米山 慎一郎 氏

 1969年兵庫県生まれ。1995年神戸大学工学部卒。1995年に日清食品株式会社入社。岡山営業所、マーケティング部、宣伝部、経営戦略部などを経て、2018年より日清食品ホールディングス 宣伝部長に就く。日清食品グループ各社のプロモーション活動全般のマネージメントを行う。

ただ、論理は大事にしながらも、マーケティングや広告宣伝の領域ではお客さまとコミュニケーションをとらなければいけないので、私は部下によく「右脳と左脳のスイッチを自分で入れ替えなさい」と言っています。たとえば、左脳を使って論理的にモノゴトを考えたら、自ら意識的に右脳にスイッチを切り替えて、それをパッと見ておもしろいかどうかを検証するんです。

実は99.9%の人は、それを漠然とやっているんです。当社にも優秀な人材が入社してくるので、一見それらしい論理を組み立ててプレゼンしてくれるのですが、完成度は80%くらいで100%は論理が成立していません。優秀で論理的な思考を持つスタッフが多いからこそ、おもしろさを直感的に捉える力が不足しているかもしれません。そのため「論理」と「おもしろさ」を並行して考えるのではなく、スイッチを自分で意識的に入れ替える必要があると考えています。そういう意味で、理系の思考がベースにあるのは役立っている気がします。

萩原 日頃から意識していないと、どちらかのモードに偏ってしまうことは多いと思います。論理を思考のベースにしてきた人間に感覚的な「おもしろさ」を求めると、「おもしろさ」の要素を分解してしまいます。でも、そうしたアプローチにも限界がある気がします。

米山 私たちも、おもしろいものは要素を分解するようにしていますよ。たとえば、X(旧 Twitter)やTikTokでバズっている投稿があれば、なぜそんなにも人の心を惹きつけるのかを書き出して、大事なところは当社でも活かせないかと議論しています。

萩原 おもしろさの「核」を追求していくための作業ということですか。
 
リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長
萩原 幸也 氏

  山梨生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業後(株)リクルート入社。リクルートグループのコーポレート、サービスのブランディング、マーケティングを担当。武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員。武蔵野美術大学大学校友会 会長。JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員。県庁公認山梨大使。

米山 そうですね。それは当社では必須の作業で、「これが流行っているからやろう」となんとなく進んでいくことはないです。

萩原
 先ほどの右脳と左脳を使い分ける脳のスイッチは、どのように切り替えているんですか。

米山 それは単純で、意識的に切り替えています。1回目は「この広告で伝えるべきことはなんだったか、それが伝わっているか」と見て、2回目に「これは、おもしろいか」と見るだけです。意識して自分で左脳と右脳の時間をつくっています。

萩原 最終的に、世の中に出るときは右脳の感覚が重視されるのでしょうか。

米山 それはケースバイケースで、ブランドや商品が置かれている状況によって異なります。宣伝部のスタッフには、「論理的にはこうだけど、おもしろさ的にはこうだよね」と会話し、常におもしろさの「核」を探すトレーニングをしています。