「私は数字で勝負する」


―― フリーで活動された後、オリックスのDX推進を経て2021年にコアラスリープジャパンにジョインしました。その経緯や、コアラスリープで着手されたことを教えてください。

 コアラスリープは2015年に創業したオーストラリア発の寝具スタートアップで、マットレスにワイングラスを置いてはしゃいでも倒れないという衝撃的な動画で話題になりました。けれど私は全く知らなくて、お誘いを受けて話を聞いてみると、話題性とコロナ禍の巣ごもり需要で売上が伸びているということでしたが、何かと大変そうだと思いました。けれど私は、そういう局面で燃えるタイプです。寝具ならばテンピュールでの経験がありましたし、ベンチャーでの経験もあったので、自分が貢献できる部分は大きいと入社を決めました。

 当時のコアラスリープジャパンはオーストラリアの本社が初めて本格的に展開した海外支社でした。入社してすぐにわかったのは、実は半年以上にわたり、売上が下降の一途をたどっていたのです。厳しい言い方になりますが、売上の仕組み以前に、会社の体をなしていませんでした。デザイナーなどクリエイティブに強い人やPR担当者はいましたが、面白おかしい動画をつくり、お金をかけてインフルエンサーに頼る以外のノウハウがない状態だったのです。「今日の売上はいくら?」と聞いても社員は答えられません。

 そこでまず始めたのが、売上と業務を紐付けて可視化することでした。月曜日に先週までの売上が目標に到達したのか振り返り、していないなら遅れを今週どうやって取り戻すか計画を立てて、金曜にまた振り返る。今週はどうだったのか。人が動く土日は何もしないでも大丈夫なのか。極めて基本的なことですが、目標設定と振り返りを定着させるまで、1年以上かかりました。

 これもまた当然ですが、施策がビジネス的にどう効果があったのか、KPIで示すようにしました。それまでは英語が得意な人がグローバルにアピールできるので評価されやすく、真面目に仕事をしている人が評価されにくい環境でした。

 なるほど、ここのゲームルールはそうなのか。「流暢な英語ができないと評価されないなら、私は数字というグローバルな共通言語で勝負する」と決意しました。言葉ではうまく伝わらなくても、数字は嘘をつきません。マーケターとして「数字を上げる」ことに特化して、売上がガツンと上がったのを見せることで、報告や要求もしやすくする戦法をとりました。

―― 「ガツンと」売上を上げるために、どんな施策を実行されたのですか。

 売上のために必要なあらゆることをしましたが、まずは当たり前のことを当たり前にできる体制を構築しました。月曜・金曜のミーティングやKPIもそうですが、当たり前のことをするだけでも、ある程度の売上はいけるはずです。

 たとえばWebサイトのコンバージョンが伸びないなら、決済ページの表示速度がすごく遅かったり、リンク切れがあるなど、UI /UXに問題がないか確認するのは基本です。当初はそんな業務タスクや業務フローを含む組織体制の構築・整備を中心に改善し、売上を伸ばしていきました。

 また、新しくアマゾンや楽天、ヤフーのチャネルを開いたほか、これまでこだわってきたD2C(Direct to Consumer)の他にB2B事業も立ち上げ、コストコや量販店などでも買えるようにしたり、ホテルへの導入も積極的に進めました。オンラインからの購入が中心だとしても、実際にはリアル店舗や屋外広告などのオフラインでプッシュすることが、マットレスのような滅多に買い替えない商材では重要な役割を果たすと考えたからです。実際、オフラインに接点を広げたことで、特に購買層の多い首都圏での認知度が飛躍的に上がり、売上に繋がりました。

―― 「この寝心地は事件だ」や「コアラ婚」の広告は強く印象に残りましたね。

 そうですね。これらのクリエイティブは、ブランディングの観点からも重要でした。コアラは当初、「ワイングラスチャレンジ」の面白い動画でバズりました。実はこの動画については「もう飽きられている」という認識が社内であったのですが、せっかくの記憶に残るブランドの資産として活用しきれていないと思ったので、動画の撮り直しや再定義を行いました。この動画からコアラスリープが始まったことをDNAとして刻み、生かしていこうと考えたのです。

 また、マットレスは他社製品では主に著名人をPRに起用しているイメージが強いと思いますが、コアラの場合は、人ではなくブランドそのものにフォーカスしてほしいと考えました。どんなブランドを目指したいかを議論し、行き着いたのが「かっこいいけれどちょっとダサい」世界観。敢えて洗練しすぎない、違和感の残るクリエイティブにこだわることで、「コアラマットレス」というブランドを想起してもらいたい。そんな狙いでつくったのが「この寝心地は事件だ」でした。

 この広告をきっかけに枕商品のテレビ露出に繋がり、1年分の枕が数時間で売れたのにはグローバル本社も驚いていました。2024年の「私、コアラマットレスさんと結婚したい」というプロモーションも、マットレスやブランドをキャラクター化することで、他社製品と差別化する施策でした。

―― 結果、短期間で業績のV字回復を実現され、2024年10月に独立されました。これからのマーケターとしての展望を教えてください。

 これまでお話ししたように、私はいわば「フラフラ」したキャリアです。いわゆるいい大学を出ていい会社に入って、マーケティングの部署に入って出世した人じゃないとCMOにはなれないかというと、そんなことはないと思っています。

 マーケティングは生活者の心の理解が一番重要なので、本当は誰でもできるはずです。なので、それまでにどんなキャリアや経験を持っていても、マーケティングを目指すと思ったらその日がたぶん「Day1」です。遅すぎることはないし、私のように30代後半で日本に戻り、なんとかなっている人もいるから大丈夫です。特にマーケティング業界ではまだマイノリティの、女性マーケターに知っていただきたいなと思っています。

 一番関心があるのは、自分が何にどれほど貢献できるかということです。価値が顧客に届くまでの課題を徹底的に掘り下げて、さらに本質的な価値を最大限、効率よく顧客に届ける仕組みづくりを手助けします。今は独立していますが、「同一労働同一賃金」が基本の米国で働いていたので、働き方にはそこまでこだわりはありません。日本でもそれが当たり前になったらいいと思いますし、私自身もそんな働き方をしていきたいと考えています。

―― キャリアの選択肢が広がる一方、先の見通せないVUCAの時代と言われる中、尾澤さんのような「個の力」と前向きな思考法は大事だと思いました。貴重なお話をありがとうございました。

※尾澤恭子氏は「Agenda note」が主催する次世代マーケティングリーダー育成プログラム「Rising Academy powered by ノバセル 」(ライジングアカデミー)で2025年2月27日、「マーケティング戦略」の講義を実施予定。

  • 前のページ
  • 1
  • 2