JTBが切り拓く、「交流創造企業」実現へのマーケティング戦略


 新型コロナウイルスによる大打撃を経て、大規模な構造改革を進めるJTB。その変革の中心に位置づけられているのが、「交流創造企業」へのシフトだ。従来の旅行の枠にとどまらず、広く交流を通じて、人や地域、組織を「つなぐ・つくる・つなげる」ことで新しい価値を生み出す「交流創造企業」への転換を目指している。コーポレートマーケティングを担当する大泉氏は、お客様起点のマーケティングマインドの醸成と浸透、お客様実感価値の向上を重要課題として挙げた。

 同社の現状について大泉氏は、「『マーケティング』という言葉は社内で多く使われているものの、部門ごとに解釈が異なっていることに課題意識を持っています」と語った。そこには営業や販売を軸に発展してきた企業文化や、形のない商品やサービスを多用なチャネルで扱うがゆえに、マーケティング活動の可視化や最適化、評価が難しいという背景がある。特に事業部門ごとに独自のエコシステムが構築されており、全社的なガバナンスや共通言語の整備が進んでいないという。

JTB グループ本社 ブランド・マーケティング・広報チーム マーケティング担当マネージャー 大泉 智敬 氏
 大学卒業後、1999年日本交通公社(現JTB)に入社し、法人営業に従事。その後、国際会議運営会社、リゾート運営会社を経て、2013年JTBに再入社。法人営業と法人マーケティング、広報を経て、2024年より現職。全社のマーケティング最適化に向けた仕組み作りに従事する。

 これまでは、事業部門にマーケティング機能を有していたが、2024年4月に、全社横断のマーケティング機能がグループ本社にも新設された。広範な組織構造のなかで、同氏は「マーケティング=あらゆる部門の活動がお客様起点となり、顧客体験や商品価値を向上させていくことそのものである」という意識を社内に根付かせることを目指しているとした。

 同時に、大泉氏は社内に「実感価値」というキーワードが浸透しつつある点にも触れた。企業視点の「価値提供」から、顧客視点の「価値の実感」へという、この言葉が全社の共通認識になりつつある一方で、「Who」や「What」といった要素の具体性や解像度にはまだ課題が残っており、価値の定義や伝え方が人によってまちまちであるという。

 こうした課題に対し、モデレーターの菅氏は「マーケティングという思考自体は社内に存在しているが、それが職能や役割としての整備にいたっていない課題があると思います」と分析し、「まさにこれから整備していくフェーズに入るタイミングですね」とコメント。パイオニアの井上氏が専門職の配置を固定化したことに触れ、「マーケティングを専門領域としてどう位置づけるかが重要です」と指摘した。

 NTTドコモの浜田氏からは「マーケティングスキルの可視化や評価基準づくりは考えていますか」という問いが投げかけられた。これに対して大泉氏は、「バッジ制度のような仕組みがあれば、スキルレベルの可視化やキャリア形成につながります」と回答しながらも、現時点では議論段階にとどまっており、具体的な実装にはいたっていないと話した。

 さらに、パナソニック デザイン本部 コミュニケーションデザインセンター メディアプランニング部 データドリブン担当主幹の増田健二氏からは、「顧客データの活用状況」に関する質問が寄せられた。これに対して大泉氏は、BtoC領域ではID統合が進んでおり、全チャネル横断でのデータ管理が可能になっていると説明。ただし、JTBはOMO(オンラインとオフラインの融合)を前提とした多様なチャネルを持つ企業であるため、接点の最適化やデータを活用したお客さまの行動特性から導き出す施策の仮説構築が重要になると述べた。

 大泉氏は「まずはこの1年間で、事業部門とマーケティング部門で実態把握と課題整理に取り組んできた」と語り、ようやく事業側とコーポレート側で共通の課題認識が生まれ、具体的なアクションへと踏み出す準備が整ってきたと説明した。その上で「マーケティングは経営そのものである」という視点を持ち、単なる支援部門ではなく経営戦略の一環としてマーケティングを再構築していく姿勢を示した。

 事業部門との関係性について問われると、「目的や課題によってリソースや支援の方法を柔軟に変えており、壁にぶつかってもお客さまを向いていれば前に進めます」と語り、地道だが確実に組織変革を進めていると明かした。
 

三井住友カードが直面する、DX人材育成と制度設計のジレンマ


 DX人材の育成は、多くの企業が直面する重要な経営課題のひとつである。三井住友カードの伊藤氏は、自社での取り組みを紹介しながら、制度設計と実行する現場の間にあるギャップが課題だと述べた。

 伊藤氏が最初に挙げたのは、DX人材の採用・育成・評価に関わる仕組みが、現状では整っていないという課題だ。理想としては、採用されたDX人材がきちんと活躍し、結果として顧客への価値提供ができている状態を目指すべきだが、現実にはそうした基盤がなく、優秀な人材を採用しても、任せる仕事が曖昧なままで、最終的には離職につながってしまう場合もあるという。
 
三井住友カード マーケティング本部 IT戦略本部 プロダクトオーナー 伊藤 亜祐美 氏
 大学卒業後、マーケティング領域を軸に旅行会社・不動産デベロッパー・デジタルマーケティングのコンサルタントなど複数業界でキャリアを積み、2019年三井住友カードへ入社。
現在はUI/UX組織およびDX人材育成組織のプロダクトオーナーとして全社のデザイン支援や人材育成を推進。現場目線でDX人材育成のプロセス設計や実践機会の提供に取り組む。

 特に、大きな問題として挙げられたのはDX人材に求める「要件」の定義だ。どのようなスキルや素養が必要なのかが明文化しづらく、そのため育成の打ち手がバラバラになりがちだという。

 伊藤氏は、DX人材の育成課題を3つに分類した。ひとつは、企業としてのDX推進の目的が明確に語られていないことだ。2つ目は、社員一人ひとりの意識の問題だ。自分がDX人材になる必要性を感じられず、「それは自分の話ではない」と感じてしまう状況がある。3つ目は、育成のゴール設定の不在だ。専門職としての深いスキルを持つ人材を目指すのか、あるいはビジネス部門と技術部門の橋渡しをする“トランスレーター”として育成するのかが明確でなく、育成プランの設計が難航しているという。

 これに対し、モデレーターの菅氏は「DXという切り口から人材育成に絞った話がとてもわかりやすかったです」とコメントしつつ、同社で「DX人材」という職種や職務定義があるのかを質問した。それに対し、伊藤氏は「DX人材のスキル認定制度」が社内に存在すると答え、そこではマーケターやデータ人材、デザイン人材などがDX人材の一部として位置づけられていると説明した。

 JTBの大泉氏からは「全社員に対してDXの意識付けがされていますか」という質問が寄せられた。伊藤氏は「会社の方針として全社員を対象に育成する姿勢はあるが、個々の意識レベルまでには浸透していません」と話し、意識の醸成が重要な課題であることを改めて強調した。

 また、パイオニアの井上氏からは「制度設計は社内で行っていますか」という問いが出た。伊藤氏は「制度設計は人事部主導で行っており、コンサルタントも入っているが現場のニーズとは必ずしも一致していないことがある」と回答。そのギャップを埋めるために、現場としても育成プログラムを自前で構成しており、人事の定めた認定制度の基準を満たすべく、実践的な研修を企画しているとした。

 菅氏は「制度が先に走っている印象を受けるが、それに意味を与えるメッセージ設計が今後の鍵になると思います」と指摘。伊藤氏も「まさに意味付けがなければ施策は形骸化してしまうと感じているので、強いメッセージが求められていると思います」と語った。

 さらに、NTTドコモの浜田氏からは、「DX人材の理想像や目指すべきゴールは描けていますか」という質問が投げかけられた。これに対し伊藤氏は「現時点では明確な到達像が定まっていません」と認めつつ、「深い専門スキル人材を育成するのはハードルが高く、現実的にはトランスレーター的な役割を担える人材を目指す方向になると考えます」と見解を示した。

 また、浜田氏は「育成には時間がかかるうえ、競合企業との人材獲得競争もある。社内外にどうメッセージを発信していくかが重要だと思います」と補足し、伊藤氏も「そこはまさに今、議論しているテーマです」とし、明確なゴール設計と育成ビジョンの発信が今後の課題であるとした。

 加えて、最後に伊藤氏は「データサイエンティストなどの専門人事も採用を進めているが、評価制度も現状では従来と共通のものです」と課題を話し、菅氏も「仕組み化まで到達している点は先進的だが、そこにどのように魂を入れるかが次のフェーズですね」と指摘した。