湧き上がった「日々、ピュアにいいものをつくり続けよう」という決意


 アイデアの本質とクラフトの力に、ひたすら向き合って審査したつもりだ。派手な表現やローカルカルチャーに根差したもの、社会課題を扱ったものなど、様々な作品があったが、そうした要素を表面的に見るのではなく、自分たちにバイアスがかかっていないかを徹底的に確認しながら審査した。そのため、純粋にアイデアとクラフトのレベルが高いものが受賞していることを、嬉しく思う。この風潮が続くことを個人的には願っている。

 また印象的だったのは、「レイアウトの妙」や「タイポグラフィの美しさ」といったグラフィックデザインの基本で一気に評価が上がったり、逆に小さなミスが命取りになったりするケースもあったこと。写真や動画は良く見えても、現物を見て点数が下がるものも多数あった。当たり前のことではあるが、アワードのためのものというより、日常の延長にある丁寧な仕事が評価されていて、業界への希望を感じている。

 コピーライターとしては、非英語圏のコピーライティングにもチャンスを感じた。少なくとも今回は、英語の表現というより、コピーのアイデアが評価されるものが多く、英語でなくとも出品・受賞の可能性があると実感した。これは日本発のクリエイティブにとって、ポジティブな兆しだと思う。

「日々、ピュアにいいものをつくり続けよう」 ーー 審査を終えて、そう思った。

 今年は全体を通して「オーセンティシティ(信頼がおけること、信憑性)」が強く問われた年だった。審査中も「これはアワードのためにつくられたのか、そうでないか」は、審査員全員が厳しく見ていた。その中で、理屈抜きに心を動かせるものが圧倒的に強く、世界共通で支持される。そんな仕事を、自分も繰り返していきたい。

 特に「神は全部に宿る」と強く感じている。本当に必要なアイデアを、仕上げに至るまで、全部に気を配ること。制作も、出品も。実際、仕上げがどこか適当になってしまっているケースはすぐに分かるため、丁寧にケアすることに尽きるのではないか。

 また、審査員長のディレクションとして、「アワードショーで、自分たちが選んだ作品の映像が流れた時をイメージしよう」という言葉があった。これを受けて、現地審査では何度も受賞作を見直した。時にはひっくり返ったり、新しい作品が候補に上がってきたり(その結果、審査は夜中まで)。そのたびに何度も検証し、問い直す。その粘り強いプロセスこそがまさにクリエイティブであり、質を決めるのはやはり粘りだということを、改めて思い出した。 


審査員みんなで授賞式参加
 

審査中のランチ。時間がなく、30分ぐらいだった記憶
 

注目セッションは「LVMHが考える“ラグジュアリー”」


 セッションもいくつか聴講した。特に印象的なのは、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(以下、LVMH)のセッション「‘Savoir Faire Rêver’ or the Art of Crafting Dreams(夢をつくる芸術)」だ。

 同社のグローバルチーフブランドオフィサー・Mathilde Delhoume氏による講演は、「ラグジュアリーの語源はLight(ラテン語で “Lux”=光)」という話から始まった。
※一般的に語源とされるのは“Luxus”=過剰、贅沢、豪華だが、それをブランドのDNAをあらゆる面から光り輝かせる“Lux”=光と捉え直す、と語られた

 そして、LVMHが考えるラグジュアリーの構成要素として、ダイヤモンドの品質評価基準である4C(Color、Clarity、Cut、Carat)になぞらえて「Craft(職人技)」「Customer(顧客体験)」「Creativity(創造性)」「Culture(文化)」の4つの要素が紹介された。

 特に「Culture=文化」の部分には強く共感した。私は、ラグジュアリーとは「人を豊かにするもの」、そして「文化をつくるもの」だと捉えている。事例として分かりやすいのは、今年のラグジュアリー部門のグランプリ。やはり“美し国”フランスがオリンピックでラグジュアリーブランドと手を取り合う姿には、単なるブランドキャンペーンを超えた、国の文化を背負った取り組みであると感じ、魅了された。


LVMH「THE PARTNERSHIP THAT CHANGED EVERYTHING」。LVMHは、パリ五輪2024のプレミアムパートナーとして様々な取り組みを行った。たとえば、メダルデザインはショーメ、メダル用のトランクはルイ・ヴィトン、フランス選手団の衣装はベルルッティが手がけた。
 同時に、ラグジュアリーは決してラグジュアリーブランドだけのものではなく、もっと広く、クリエイティブそのものにも応用できる考え方だと強く感じた。クリエイティブをラグジュアリーの視点で考えることで、日々の仕事においても、目指すべき“ひとつ先の豊かさ”が見えてくると信じている。
 

クリエイターとマーケターが手を取り合って「マジック」を生み出す


 アワードは、讃え合うためのものというよりも、時代や場所を超えて、誰かを少しでも後押しするためのもの。業界全体でそのケースをつくっている、と思いたい。

 個人的な話になるが、現地で弊社の海外オフィスのヤングクリエイティブ(Cannes Creative Academy scholarshipの参加者)が、自分の過去の仕事について聞きたいことがあると連絡してきてくれた。

 アワードに、一体どんな意味があるのかと疑問に思う人もいるかもしれない。でも、カンヌに出品し、受賞したことで、自分の過去の仕事を知ってくれる人がいるーー時代や場所を越えて。その仕事が、もし誰かをインスパイアすることができていたのなら、こんなに幸せなことはない。アワードの意義を感じた瞬間だった。


電通カナダのヤングクリエイティブと。
 カンヌは年々、エージェンシーのためだけのものではなくなってきている。個人的には、ずっとブランドの成果だと思っていたが、実際に現地に行ってみると、ブランドとエージェンシーが手を取り合って生まれた成果を讃えるアワードだと強く感じた。実際、登壇しているのも、プレゼンしているのも、ブランドとエージェンシーの両方(特に受賞しているものについては)。彼らの笑顔を見ていると、胸が熱くなった。審査の過程でも、ブランドのためになっていて、なおかつ両者のコラボレーションがなければ実現しなかったものは、作品からも十分に伝わってきた。

 そしてもう一つ。もちろん数字も重要だが、特にインダストリークラフト部門では、「いかに感情を動かすか」が審査において非常に重視されていた。審査員長はその感情の揺さぶりを「マジック」と呼んでいた。インダストリークラフトとは、最終的にお客様が触れるマジックが多く作用すると。ただし、マジックは決して思いつきでは生まれない。日々「脳」や「手」を鍛え上げ、感覚値や経験値を積み上げていくことで生まれると思う。

 私もエージェンシーの人間として、ブランドの皆さまと深い対話を重ねながら、そして日々自分自身のことを鍛えながら、一緒に想像を超える景色を見たいと改めて思った。


審査員長スピーチ。“Mariko Arigato”と言ってくれて感動した。
 

審査員長が持ってきてくれたザッハトルテ
  • 前のページ
  • 1
  • 2