「マーケティングの民主化」をビジョンに掲げるノバセルが今年、最適な広告戦略の立案から最強のクリエイティブ制作を最速で手掛ける「AIエージェンシー」として新たな一歩を踏み出した。

 ノバセルはこれまで、運用型テレビCMサービスの事業を中心に市場を開拓し成長してきた。直近はデジタルマーケティングの領域にも拡張していたが、今後はAIエージェンシーとして、AIを活用し、運用型テレビCMにとどまらない広い領域で、戦略立案やクリエイティブ制作、効果分析など、企業のマーケティング活動を支援していく。

 なぜ、ノバセルは全社を挙げてAIに注力するのか。実際に他社に向けてAI活用支援を手掛けていく中で見えてきた課題を含めて詳しく聞いた。
 

AIによって、マーケティング業界の競争構造は大きく変化している


「マーケティング業界の競争構造は、AIによって変化しています」。そう分析するのは、ノバセル 事業開発部 マネージャーの楠勇真氏だ。従来は、ノウハウを持っている組織や内製するリソースがある組織、あるいは外注費用を捻出できる組織だけが大掛かりなマーケティングを行うことができた。しかし、AIを活用した業務革新によって、これまで1000万円で外注していたような仕事が、月額数万円という低コストで、しかも数時間あれば完遂できる世界が現実のものとなっている。
 
楠 勇真氏
ノバセル株式会社
AI事業開発部 部長

東京大学経済学部卒。2020年4月にラクスル株式会社に新卒で入社。広告領域の新規事業「ノバセル」に配属され、約40社のお客様のマーケティング戦略をサポート。2年目にはラクスル史上最年少マネージャーとしてSaaSの事業開発を担当し、3年目からは営業部長として事業全体を統括。現在はAI事業開発部の部長を務める。

「AIの活用でマーケティングが内製化できれば、外注した場合と比較してコストは100分の1、スピードは10倍といったことが当たり前になります。このように変化する環境の中で、AI活用に着手しない企業は圧倒的に後れを取ってしまうでしょう。水面下でAI活用を進めている企業も多いと思います」

 2022年11月にChatGPTが一般に無料公開されて以降、ノバセル自身もその潮流に乗り遅れまいと2025年1月にAIに注力を開始。ファーストステップとして着手したのは、AIを活用して社内のマーケティング業務を行う仕組みの構築。そしてセカンドステップとして、AIを活用したマーケティング支援サービスの外部提供に着手した。こちらは開始して数ヵ月だが、すでに数社との取り組みが始まっている。

 その先に思い描くのは、すべてがAI化された世界だ。従来から得意としてきた運用型テレビCMの領域でも、AIを駆使して生産性を高め、顧客への提供価値の向上に努めていきたいと考えている。

「当社の事業のすべてがAIの下に入っていくイメージです。テレビCMを中心とした広告代理店ビジネスはもちろん、競合のテレビCMの効果と自社のCMの効果を可視化するサービス「ノバセルトレンド」などのSaaS事業もすべてAIを組み込んで価値を増幅させ、より多くのお客様に価値提供ができるような体制をつくっていきます」
 

ノバセル流「AI活用の壁」の打ち壊し方


 マーケティング業務にAIを取り入れていく必要性は理解しつつ、本当の意味でAIを使いこなせるか、組織全体に浸透させられるかは、多くの企業が直面する壁かもしれない。ノバセルも例外なく次のような2つの壁に当たったが、乗り越えることができたという。

 1つは、テキストの壁打ちやアイデア出し、文章の構成、画像生成などにはAIを活用できているものの、日々時間をかけて苦心しているようなマーケティングのコア業務にはなかなかAIを活用できていないという「活用の壁」。もう1つは、社内で先駆けてAIプロジェクトに取り組むメンバーが編み出したAI活用法を社内に浸透させようとしても、それを真似ようとすること自体に時間がかかって、結局うまくいかないという「浸透の壁」だった。

「どちらの壁も、活用できるかどうかが人に依存しているから限界があるのだと僕らは考えました。そこで、AIを使いこなしている人材が用いているプロセスやノウハウを、AIに教え込むことにしました。それによって、プルダウンの選択肢を選ぶだけで戦略のたたき台が出る、ファイルをアップロードするだけでやりたい業務が一覧できるといった、自社専用のAIアプリケーションをつくりました。使いこなすというステップを不要にしたんです」

 現在は、活用と浸透の壁を乗り越えた先で、また新たな壁に向き合っている。新たな壁とは、本来向き合うべきコア業務である「価値の創造」だ。

 ノバセルでは、マーケティング業務を「確率の管理」と「価値の創造」の大きく2つに分けて捉えている。確率の管理とは、たとえばWeb広告のバナーのA/Bテストのように、勝ち筋が分かっている施策を再現性高く、実行強度高くやり切ることで、パフォーマンスを上げていくことを指す。一方、価値の創造とは、新商品の開発や新体験の創出、新コンセプトの開発など顧客にとって新たな価値をつくりだすことを意味している。

 AIが、確率の管理にあたる業務の省力化や精緻化に活用しやすいのは、想像に難くないだろう。問題は、価値の創造におけるAI活用だ。これまでノバセルでは、クリエイターやプランナー、営業担当者などが持つ属人的な強みにAIを掛け合わせることで、その人の強みをブーストしたり、その人が属人的な業務に向き合う時間を最大化したりすることを目指してきた。それに加えて、ノバセルは新たな挑戦として、そうした強みを持つ人たちの業務プロセスや考え方自体もAIで再現しようとしている。

「たとえば、AIにノバセルの代表である田部(正樹氏)が執筆した書籍を読み込ませたり、田部がいつもお客様と行っている壁打ち問答を教えたりしているのですが、そのAIと会話していると、まるで田部と話しているみたいだと感じるようになってきました。これがさらに進化すれば、その人にしかできないと思われていた価値創造も、AIを使って誰もができるようになるのではないかと考えています」

 こうした挑戦は、ノバセルがビジョンに掲げて目指している「マーケティングの民主化」につながっていると楠氏は話す。

「まずは、人手やお金がなくても一定レベルのマーケティングを実行できる『リソースの民主化』を目指していきたいと思っています。その先にあるのが、究極の属人性で生み出されていた価値を民主化・大衆化していくことだと思っていて。たとえば、創業して1年程度のラーメン店の店長が一流のマーケターを再現したAIと壁打ちしたり、AIが出したアイデアを使ったりしながら、自分たちのお店のPR戦略やコミュニケーション戦略を策定・実行し、集客するという世界が実現できるのではないかと期待しています」

 属人的な価値をAIで生み出すというのは一見するとチャレンジングだが、楠氏は「一定の時間はかかると思いますが、絶対に実現できると思っています」と自信をみなぎらせる。

「我々はそれをいち早く実現し、それが実現した世界において、プラットフォームやインフラとして頼られる存在でありたいと思っています」