ビジネスで破壊されたものをビジネスで回復


ーー 次にサラヤの代島さん、お願いします。

代島 私は1995年にサラヤに入社し、商品企画と広告宣伝を手掛けてきました。サラヤは「ヤシノミ洗剤」という商材を扱っていますが、21世紀に入って環境問題に直面し、広告を中断する事態に陥りました。そこから巡り巡って、こうした講演の場に呼んでいただくようになりました。大阪・関西万博では「BLUE OCEAN DOME」というパビリオンの館長を務めています。

当社はタグラインに「いのちをつなぐ」という言葉を用いています。

そんな当社が提供するヤシノミ洗剤は、高度経済成長で琵琶湖の汚染が問題になっていた1971年に「地球にやさしい」というコピーで誕生しました。しかしこのことが、私たちに問題を突きつけることになります。2004年に環境ドキュメンタリー番組の取材を受けたのですが、その内容はヤシノミ洗剤の原料としても使用するパーム油が、東南アジアの熱帯雨林を破壊しているというものでした。特にボルネオ島では、パーム油の原材料であるアブラヤシの栽培が拡大したことでゾウやオラウータンなど野生動物の生息地を脅かし、野生動物がその数を減らしていたんです。
 
サラヤ 取締役 コミュニケーション本部 本部長
代島 裕世 氏

進学塾講師、雑誌編集、ドキュメンタリー映画制作、タクシー運転手などを経験した後、1995年サラヤ。2014年より同社取締役、商品企画、広告宣伝、広報PR、マーケティングを担当。2004年から「ヤシノミ洗剤」の持続可能な原料調達の視点に立ったボルネオ環境保全活動を展開。認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事も務める。2010年から「SARAYA100万人の手洗いプロジェクト」を立ち上げ、アフリカ・ウガンダでユニセフの正しい手洗い普及プログラムを支援している。2022年よりブルーオーシャン・イニシアチブの代表理事として「海」にかかわる産官学民のあらゆるステークホルダーの多面的交流と事業共創を通じて、「海の保全と繁栄」を焦点に、持続性・実効性ある社会課題解決を目指す。

原料調達の過程で児童労働や環境破壊が行われていないかという問題は、今日では当たり前に議論されるようになりましたが、2004年当時はまだそこまで意識されていませんでした。私たちは取材を受けたことで初めてその問題を知り、世間でも話題になりました。水環境に良いように微生物が分解できる植物性洗剤をつくったのに、21世紀では、その上流で新たな課題が生まれていた。そこで持続可能なアブラヤシの原料調達に挑戦することになったんです。

私は2005年に初めてボルネオ島に行き、これまでに20回以上行っているんですが、熱帯雨林が伐採され、オラウータンが保護施設に入れられ、ゾウが殺される様子を目の当たりにしました。ヤシノミ洗剤の広告を見合わせることになり、1年半ほどかけて次の策を考えていた私は、当社が信頼失墜の大きな危機にあることを考えあわせ、コーズマーケティングを行いながら、現地の実態や活動をお客さまにつまびらかにお知らせすることで、エンゲージメントにつなげることが重要なのではないかと考えました。

そこで始めたのが、マレーシアと日本にそれぞれボルネオ・コンサベーション・トラスト(BCT)というNPOを設立し、ヤシノミ洗剤の売上の1%を現地に届け、環境保全活動に役立てる活動です。2007年5月にスタートしたのですが、それまで下がっていた売上がそこからゆっくり回復を始め、指標としている出荷数は前年を下回ることなく動くようになりました。また、「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO:Roundtable on Sustainable Palm Oil)」というのがあり、ユニリーバなど錚々たるグローバル企業がボードメンバーを務めています。ここでつくられる規定についてこられないと企業としての信頼が脅かされるのですが、サラヤは2010年、RSPOによる認証を日本企業で最初に取得しました。

RSPOはビジネスのプラットフォームであり、BCTはチャリティです。どちらか一方だけではなく、両方があって初めて、どちらの活動も評価されるのだと考えています。

ところで、当社の商品として圧倒的知名度を持つヤシノミ洗剤ですが、同商品の売上は実は全売上の5%未満で、本業は「手洗い」です。2009年に新型インフルエンザが世界的パンデミックになった時、「手洗い」を本業とする当社は、ユニセフに「最もシビアなコンディションにある感染予防プログラムにサラヤの技術や製品を使いたい」と相談しました。

すると、ウガンダで支援を求めているという話があり、コンシューマー向けに販売しているハンドソープの売上の1%をユニセフを通して寄付するという「100万人の手洗いプロジェクト」を開始しました。

ウガンダをはじめとする東アフリカ共同体は将来、有望な市場になり得ると考えて投資しています。実際、JICA(国際協力機構)のプログラムを活用して現地でアルコール消毒剤のビジネスを興し、2014年には「日の丸」を背負った製品を現地で生産・出荷しました。コロナ禍を経て、現在ウガンダではアルコール消毒剤が「サラヤ」と呼ばれるまでに浸透してしています。
  

ボルネオでの取り組みは私たちの本業ではなかったですが、そこで学んだのは、ビジネスによって破壊されたものはその回復にもビジネスの力が必要だということでした。ビジネスとチャリティの両立を意識し、透明性高く日本のお客さまにお知らせすることで、LTVの向上を図っています。