非計画購買のメイキングがマーケティングのパラダイムを変える
富永 まだ可視化されていない流通のデータについては、何に着目していますか?
永田 個人的に流通業の面白いところでもあると思っているのは、「非計画購買」のデータです。オンラインで特定のものを買うのと違い、リアルショッピングではたとえば試食してつい買ってしまったり、酒のついでにおつまみも買ってしまったりすることがよくありますよね。この「衝動買い」データはまだ世界中で可視化されていないと思いますが、もしこれが可視化されて蓄積されれば非計画の市場はもっと価値が高まりますし、皆さんのマーケティング活動も円滑になるのではないでしょうか。

富永 マーケターは「PRで初動認知をつくり、テレビCMを入れて認知を深めて…」といったファネルを考えます。しかし店舗ではそれらをすっ飛ばして「これいいな、買っちゃえ」という購買行動が起きる。リアルストアが持つパワーはすごいですよね。店頭で衝動買いをメイキングすることができれば、確かにマーケティングのパラダイムは変わりそうですが、これを可能にするには何が必要でしょうか。
永田 ビジネスにならなければ予算はつけられないので、やはり動画やクーポンといった店舗内でのリテールメディアがどのように非計画購買につながるかという観点は必要です。私は将来的にヘルステックの分野が伸びると思っています。たとえば「昨日はちょっと飲み過ぎちゃったな」という時に「二日酔いに効く」というPOPを見たら、心が動かされます。数百円程度であれば衝動買いしてしまう人も多いでしょう。
「健康」は予算を組みやすいジャンルですし、非計画購買を含めてもっと計算可能な売り場になれば、マーケターの方々も販促しやすくなるのではないかと思います。
富永 「運動」への連携など、大いにつながりそうですね。店側からのアプローチで考えると、たとえばレシートを見れば明らかに晩御飯の買い物に来ているけれど、異質なものが入っているといったことを機械学習させるのはいかがですか。
永田 何度か試みたことはありますが、現状では、生成AIで解析した結果に基づきレコメンドしても売上につながらないのが課題です。母数が少ないとそれだけのために売り場を動かすのは難しい。将来的に売り場がもっとデジタル化し、分析に基づくレコメンドと売り場の工夫が連携できるようになれば面白いかもしれません。
富永 次世代のスマートカートで「無限棚」のように買える世界観とか。
永田 そうですね。バーチャル空間も活用すれば、機械学習で得た「これを買うかもしれないお客さま」に直接的にアプローチできる時代はきっと来ると思っています。

富永 事前に想定していなかった質問ですが、「クイックコマース」(ECサイトなどで注文した商品を極めて短時間で配達するサービス)についてはどう思いますか? 先日仕事で上海に行って、「家から財布をとってきて」「オフィスに花を届けて」と、生活への異次元の浸透ぶりに驚かされました。日本でこの世界観を実現するとしたら、突出したリーダーシップとコラボレーションが必要になるので、その場合は御社が筆頭になるのではと思いますが。
永田 市場としては大きくなっていて、私たちも某大手さんと取り組んでいます。しかし足回りを自前で、となると採算が合いません。BtoCにおいて新しいアプリの参入障壁は高くなっていますし、中国と日本では人件費の違いもあります。ただ、一定の「面」(サービス提供エリア)と会員数が確保できるのであれば、可能性は否定できないビジネスです。お客さまとのタッチポイントの効率化、物流の自動化、迅速化といったところは流通業全体の悩みでもあるので、できるところから取り組んでいきたいです。
富永 では、最後の質問に移ります。私は、特売は「商品を安く売るためにコストをかける」という矛盾した仕組みだと考えています。つまりコストをかけてシステムを触り、コストをかけて発注量を変え、コストをかけてチラシを作り、コストをかけて店頭をつくる。そして期間が終わればコストをかけてそれらを全部戻しますよね。
それに対してEDLP(Every Day Low Price)は、いわば特売の逆、コストをかけずに全品を安くするモデルです。トライアルも、私の古巣であり先日買収された西友も、EDLPのビジネスモデルですね。ショッキングな特価にできないのでなかなか気づいてもらえないという難点はありますが、トライアルではこのEDLPの採算性を高めていくノウハウがあると思っています。いかがですか。
永田 おっしゃるようにEDLPの強みは川上から川下まで計算しやすいことで、そもそもトライアルは「流通のムダ、ムラ、ムリを無くす」を掲げていますから、西友が一緒になることで統合したデータをもとにEDLPのさらなる効率化は絶対に進めていかなければなりません。プライシングについても再整理を進めており、お客さまが買いたい商品と、利益が取れる商品、ある程度の価格でも絶対に買ってくれる商品というようにセグメントを分け、個々のデータを分析することで、店舗の付加価値をさらに高めていきたいと考えています。

富永 会場の皆さんは「たかが値付け」と思われるかもしれませんが、プライシングにはパワーがあります。一方で、実際の値付けと消費者の評価は違うのではないかという「プライスパーセプション」の概念もあります。たとえば必需品である小麦粉が安いと「このチェーン店は安いな」と思ってもらえるので、他は高くするといった具合です。プライスパーセプションとプライシングの関係についてどう思われますか?
永田 ありたい姿のひとつではあります。それもやはり市場のデータが貯まれば貯まるほど、利益の確定と限界値、店舗の付加価値が明らかになります。データをもとに店舗が知能を持ち、お客さまが求めるものに自らデジタル対応できるようになれば、プライシングの課題も自ずと解決すると思っています。それが私の考える「店舗が知能を持つスマートストア」のフォーマットです。
富永 とても魅惑的なコンセプトですが、もう少し説明していただけますか?
永田 スマホのアプリやソフトウェアが勝手にアップデートされていくように、お客さまのデータを測定し、自律的に改善していくお店です。
富永 店舗のオペレーションをアプリのアナロジーでモジュール的に捉え、測定できるものは測定し、あたかもスマホアプリがアップデートされるような改善サイクルを店舗でも行うということですね?
永田 そうです。ただ、スマート化はゴールではなく、店舗が賢くなることがお客さまやステークホルダーの利益につながるからです。生成AIの活用でさらにスピーディーに知能を高めていけます。スタンディングアローンでアップデートされる店舗づくりが実現すれば、たとえ少子高齢化が進もうと、少なくとも首都圏はさほど悲観的になる必要はないと考えます。地方では文化や住民の生活スタイルがかなり異なり、それに応じて課題も細分化されていますので、地域性のデータを各店舗がしっかり蓄積し、20~30年かけて取り組んでいきたいと思っています。
富永 なるほど。最後に会場のマーケターの皆さんにメッセージをお願いします。
永田 「データを制するものが世界を制す」の時代になるのは不可避と思います。西友を買収したのも解決しなければならない課題に対して「面」を確保してデータを集める必要があったからです。こういった形でデータを駆使して、流通のムリ・ムラ・ムダを省き、お客さまやステークホルダーに喜んでいただける会社を目指すのがトライアルです。コラボレーションなど興味のある方はぜひご連絡ください。
富永 今日は永田さんに、データと店舗について縦横無尽に語っていただきました。ありがとうございました。

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