小売の未来は「ニューリテール」にある #01

伝統的なリアル店舗、革新的なEコマース。その対決の勝者は、どちら?

人と物が出会う「場所」を新しく定義するニューリテール


 ここ20年に渡って、インターネットをはじめとするデジタルテクノロジーの進化が世の中を変えていることは誰も否定していないが、多くの人にとってそれはAmazonのようなEコマースだったり、AppleのiPhoneのような目新しい情報デバイスだったり、Googleマップの道案内のようなツールを意味する。だが、テクノロジーが実際に生み出したものは、そのようなガジェットやサービスだけではない。それは新しく「場所」を生み出した。

 AmazonのEコマースのWEBサイトは、間違いなくサイバー空間の新しい小売としての場所だった。アリババの中国での躍進も、Amazonという米国の先駆者の存在なしではあり得なかっただろう。だがAmazonは先駆者でありながらジャック・マーが宣言したようなニューリテールの段階までは達していない。

 ただ、Amazonは確実にその道を歩んでおり、リアルなオフラインとの連携を模索している。それが食品スーパーマーケットチェーン、ホールフーズ・マーケットの買収であり、リアル本屋のAmazon Booksであり、カメラを多数設置しアプリのみのキャッシュレス決済を実現したコンビニエンスストアであるAmazon Goである。

 ただ、ここではその手前にあったひとつのデバイスに注目したい。それは「Amazonダッシュボタン」である。このボタンは何の変哲もないボタンで、これを押せばボタンに示された洗剤なり飲料なりのブランドをAmazonで発注できる、というものだ(現在は物理的なボタンは廃止されてバーチャルボタンになった)。
 
©️123RF
 このボタンはニューリテールの文脈で言うならば、新しい店舗や売り場に相当する、新しい場所のひとつである。なぜなら劉潤(リュウ・ルン)の著書『新・小売革命』で解説されている通り、「小売とは人と物が出会う場所」だからである。ニューリテールは、従来の常識に捉われない新しい「出会う場所」を作り出すことがその主旨だ。

 このダッシュボタンがなぜ新しい出会いなのか?それはAmazonが、顧客がそのブランドをどのような頻度でどのタイミングでどのくらいの量を欲しているのか、という「情報」を持っているためである。

 通常、人は洗剤のような消耗品を使い切れば近くのスーパーの洗剤売り場の棚に行き、その中で陳列されているブランドから値段などを考慮しながら選んで買っている。そのようなひとり一人の消費者の情報は、スーパーも洗剤メーカーも把握していない。ただ商品と売り場を構え、そのような消費者をじっと待っているだけである。

 通常のマーケティング活動において、消費財メーカーが多額の費用をかけてテレビCMなどを打っている理由のひとつに、「売り場の棚を確保する」ことがある。なぜなら洗剤のような消費者が日常使う商材にとって、棚での陳列で目立ち、棚の前で選択されることが必須だからである。

 しかし、ダッシュボタンは、そのような棚の前での選択を無効にする。それは個々の消費者にとって、「洗剤が切れたら、次に購入する際に洗剤をお知らせする」情報のほうが重要だからである。これはGoogleがデジタルによって推進した検索行動が、購買行動であるFMOT(First Moment of Truth 最初の真実の瞬間)よりも前にあることを重視して、ZMOT(Zero Moment of Truth ゼロの真実の瞬間)と言ったことと同じである。ダッシュボタンは、そのようなZMOTの新しい出会いなのである。

 しかもダッシュボタンは、発注の際に「Amazon定期便」などのサブスクリプション契約を使えば頻度に応じてより安い価格を提示し自宅まで運んでくれるので、スーパーに行く手間を省いてくれる。Amazonは必ずしもスーパーの特売よりも安くないかもしれないが、求める「モノ」を適切なタイミングで届ける利便性としての価値は十分にある。

 そしてAmazonはいまやダッシュボタンではなく、Alexaというスマートアシスタントを元にしたスマートスピーカーや、そのアシスタントを搭載したスクリーン付きのデバイスを家庭向けに販売している。このような「音声」も新しく「人が物と出会う場所」のひとつになる。
 

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