市場創造に挑む~リテール×メーカーによる限界突破~ #01

実店舗に宿る「市場創造力」とは? イオン九州 川村泰平・サントリー 中村直人・グランドデザイン 村尾大介

ID-POSがあるから“はじめて聞ける”


村尾  川村さんは、イオン九州にて現在の営業企画・デジタル本部長に着任される前は、長らく店長・事業部長としてお客さまと最前線で向き合い実績を積み上げられていましたね。

川村  私は「お客さまの代表であるべきだ」と思って、ずっと取り組んできました。つまり、地域に暮らす皆さまに対して、選挙のように店長として立候補している立場で、私どもの商売に1票をいただけるのか10票をいただけるのか、それが客数であり買い上げ点数であると考えてきました。その票が取れなければ、退陣するしかない。この数が増えない限り、私の存在価値はないわけです。そこで、定期的にささやかなお土産をご用意して、お客さまを6、7名ご招待して「何がご不満で、何を褒めていただけているのか」を直接聞いていました。
川村 泰平
イオン九州 執行役員 営業企画・デジタル本部 本部長
1990年、ダイエー入社。西八王子店長、伊勢原店長、上飯田店長、新浦安店長、東戸塚店長を経て、2013年ダイエー中近畿事業部長、2014年ダイエー西九州事業部長。2015年イオン九州株式会社入社。西福岡事業部長、執行役員西福岡事業部長などを経て、2018年に現職。

村尾
  それは、多くの店長さんがされていることですか。

川村  いえ、とても耳の痛いことなので、全員は出来ていないんですよ。ポイントカードを通じて、お客さまの属性や購買履歴データをお預かりしているので、「なぜかお肉だけ買っていない不思議なお客さま」や「来店頻度が突然減ったお客さま」など、お客さまの行動がわかります。

ある時、地域で一番高いマンションにお住いいの方が質素な格好で、競合店のチラシをお持ちになり、こう言われました。「店長さん、このチラシを見てください。私が何をするか知っていますか。店長はお店のプロでしょ?私は主婦のプロです。仕事もしていて、中学生の子どもが2人います。このチラシを見せられたら、この商品はこの店で買い、これは別の店で買うしかない。私のマンションの下で商売をしている、あなたの店ではこれしか買えないんですよ。なんとかしてください。私が自転車で別の店まで行かなきゃならないのは、あなたのせいだ。店長さんも他店のチラシ見ているんでしょ?それだけ言いにきました」と。

本音中の本音ですよね。素晴らしいマンションに住んでいるという属性だけでは、何も分からないということを学びました。ID-POSは貴重な経営資産ですが、それだけでは不十分で、そのデータを参考に「聞く」という考え方が大事だと思います。

中村  ID-POSはゴールではなく、スタートということですね。
中村 直人
サントリー酒類 営業推進本部 部長 兼 リテールAI推進チーム シニアリーダー
全国の営業戦略立案及び流通企業とのプラットフォーム構築とデジタル(AI)を活用しての流通革新を統括・推進。これからの国内での流通企業との商売形態を「取引」から「取組」に変えていくためには、両社の共通KPIを「お客さま」とし、 お客さまを理解するためには、ショッパーマーケティングが必須。お客さまがメディアであり、流通がメディアになる時代。新しいサプライチェーンの型(酒プラットフォーム)を構築することを目指している。

川村  はい。ある時は、ID-POSでワインを買ってくれないお客さまに「私、頑張ってワインの品揃えを増やして、ナチュラルチーズを合わせて、コーナーをつくったんですがどうですか?笑っちゃいますか?」とお聞きしましたら、「偉いと思いましたよ!店長は分かっているなぁ、立派です。でも、私が買いたいワインがないんです」と。

私は、「買っていただかないと、仕事したことになりませんので、どこで買っているのか教えてください!」と聞いたら、外に看板も出ていない古びた酒屋でした。「マスターが毎月フランスに行くから、頼んでるだけ。みんなそうよ」と。

私は、競合店と意識していたお店の品揃えばかり見ていて、その店舗の存在にすら全く気付きませんでした。ワインを買っていただけないのであれば、「ワインと一緒に召し上がるオリーブの缶詰は、どうですか?」と聞くと「ブラックオリーブがないもの~」と。そこで、「かしこまりました、すぐ揃えます!アンチョビはいかがですか?」「アンチョビは、OK」という風にやるわけです。

しかし、あくまで店長個人がデータを見て聞くレベル。1日のお客さまが1000人ほどの店であれば、なんとかなりますが、これが10万人・100万人、さらにメーカーのように何億人というマーケットになると諦めてしまいがちです。しかし今は、テクノロジーの進化で、これができそうな材料は揃ってきています。
 

 “最終アンカー”同志のパートナーシップ


村尾  すでに環境が整いつつあるので、大切なのは実行する「意思」ですね。常にお店に身を置くからこその真のオーナーシップだと思います。サントリーの中村さんは、どうお感じになられましたか。
村尾大介
グランドデザイン 執行役員Gotcha!mall JAPAN事業
 大手印刷会社にて、電子チラシサービスのメディア化戦略の立案・実行を担い、国内最大級の実店舗送客メディアに育成。2014年グランドデザイン株式会社に参画後、買物体験をより楽しく豊かなものにすべく、製造・小売業の取引のデジタルトランスフォーメーションを支えるプラットフォーム“Gotcha!mall”事業をリード。リテール×メーカーの市場創造パートナーとして、嵩上げ売上/利益・非計画購買を実現する独自アルゴリズムの開発、および十分な顧客接点を創出するためのデジタルサービス運営技術を提供している。

中村  バリューチェーンで言えば、川村さんと私は境遇が似ていると思うんです。店長は全カテゴリー・商品・サービスから、お客さまが快適にお買い物する環境整備、万が一の防災対策に至るまで、店舗運営に関するあらゆる知識を幅広く持ち合わせている必要があると思うんです。

メーカーの営業担当者も同じで、商品に関する最終アンカーとして、製造・マーケティング・宣伝から物流まで、それなりの知識を持ち合わせないとお取引先さまである小売企業の方と会話ができません。

そうした店長・メーカーの営業担当者がお客さまに貢献するための仮説を立案し、部分最適ではなく、全体最適で実行することが重要だと強く感じます。常々、社内のメンバーにも発破をかける意味で「自分でお客さまのインサイトを考察し、仮説を実行し、マーケターの仕事を奪ってみろ」と伝えています。

川村 とても、しっくりきますね。自分で言うと照れ臭いですが、「生き物としての小売現場」に精通していて、どのスイッチを押せば、どうお客さまが動いてくれるのかをある程度理解している私や中村さんが組めば、さまざまな施策で正しい意思決定ができるという感覚があります。

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