リテールから考える「マーケティングの本質論」 #02
あなたのマーケティング策が失敗する、たった一つの理由【コメ兵 藤原義昭】
なぜマーケティング施策は実行されないのか?
会社は個人の集合体でできています。そのため、経営者からパートタイマーまで、立場によって考えていることが違います。それぞれ大切なことは異なり、ときには顧客や会社にとって良いことでも、個人の考え方で実施されなかったり、顧客に負担を強いたり、合理的な判断が下せないケースも少なくありません。社会心理学に「社会的ジレンマ」という言葉があります。それは、個人が協力的になるか、自分勝手になるかを選択できる状況下で、個人にとって合理的かつ自分勝手な選択をしたとき、社会にとって非合理的で悪い結果に陥るという状況のことを指します。
身近な例では、環境破壊や違法駐車、いじめなども、この社会的ジレンマのひとつです。一人ひとりの自分勝手が集団の不利益をつくり出し、それはいずれ自分にかえってきます。
インナーマーケティングに力を注ぐと、どうなるか
ここで言うインナーマーケティングは、インナーブランディングやインターナルマーケティングなど、自社や自社製品の理解を促すための啓蒙活動のことではありません。泥臭い社内を動かすための策のことを指します。マーケティング戦略で重要なのは、配置した人財にどう動いてもらうかです。意識づくりや理解だけでなく、最終的に現場がどう動いたかがマーケティング施策の勝敗を決めます。
その方法はいくつかあると思いますが、私の考える方法は以下です。
- KPIの設定とインセンティブ
- 社内の空気をつくる
KPIは繰り返し行動してもらうための数値ですが、それを続けるのは機械ではなく「感情を持った人間」です。特に、小売業が接するのは生身の人間、お客さまです。心がこもっていない対応はすぐにバレます。なぜその行動をとるのかをスタッフに共感してもらった結果として生まれる数字なため、私は「エモいKPI(エモーショナルKPI)」と勝手に呼んでいます。
次は評価です。KPIの評価というと、人事評価やボーナスの査定といった、ある意味、給与や昇進に紐付く評価だと思われがちですが、それだけではありません。「マズローの欲求5段階説」は知っている人も多いと思いますが、非金銭的インセンティブが大切です。その中でも、スタッフの承認欲求を満たすことは、マーケティングの実行上で有効です。
マーケティング施策は、必ず現場の行動が伴わないと成功しません。例えば、再来店目的のクーポンを配る施策において、リサーチの結果、クーポン配布数だけでなく説明を加えて笑顔で渡すことで再来率が向上すると、分かったとしましょう。その場合、再来店数がKGIだとすると、そのプロセスである「笑顔で説明して、クーポンを渡せたか」がKPIになります。
目標の達成者に賞金を渡すインナーキャンペーンも考えられますが、私は反対です。目的はお客さまに魅力的なオファーを提供して喜んでもらった結果、再来店してもらうはずなのに、金銭が絡むとお客さまが数字に置き変わってしまいます。そのため「デス・レース」になり、スタッフのモチベーションはいずれ下降し、継続的に続けることが困難になります。
モチベーションの面から見ても、行動経済学の研究では金銭的報酬は、次第に効果が薄れて限界があることが分かっています(※)。
ひとつ具体例を挙げます。進捗管理ツール(※エクセルでOKです)を使い、上司と部下とのコミュニケーションの機会をつくることが有効です。定量的に管理できるKPIは、数字という揺るぎない事実であるため、部下からしても良いことも悪いことも含めて納得いくものになるでしょう。上司も印象でのフィードバックではなく事実を元にコミュニケーションできるため、取り組みやすいはずです。そうすることで、結果の良し悪しだけでなく、上司が自分を見てくれているという尊厳の欲求を満たすこともできます。
さらに、このKPIを自分の部署だけでなく、他部署の役職者が出席する会議で発表する機会を設けることで、全社的な関心事にしていくことも重要です。ときには経営者から、KPIについて触れてもらうよう根回しすることで、さらに現場が動くようになります。