顧客体験をテクノロジーで拡張する~リテール業界のDXレポート~ #01

DXを通してパルコが目指す「10年後も変わらない価値」とは【新連載:J.フロント リテイリング 林直孝】

 

SCの価値は「接客」による「セレンディピティ」の創出


 さて、本題です。2013年にWEBコミュニケーション部がスタートした当初、私はまだベゾス氏の言葉に出会っていませんでしたが、SCに求められる普遍的な役割、デジタル技術によって拡張するべき価値とは何だろうということは、考えていました。

 SCは、非計画購買のお客さまが多いのです。「何となく、ああいうものがほしい」といったイメージはあるけれど、完全に決めているわけでなく、「いいものが見つかれば買おうかな」という動機で来店され、その探す過程を楽しみにしているお客さまも数多くいらっしゃいます。無数の商品・サービスの中から、心から納得できるものを発見する。このセレンディピティこそが、SCが持つ10年後も変わらない、無くならない価値だと私は考えています。

 このセレンディピティを生み出すために重要となるのが接客です。接客とは単に商品を売るだけでなく、お客さまにとっては「信頼のおける他者である店舗スタッフに背中を押してもらう」という重要な体験です。

 そこで、私がミッションと捉えたのが「テクノロジーで接客を拡張する」ということでした。接客のスペシャリストである販売員の皆さんの熱意やスキル、思いなどをテクノロジーと組み合わせて、セレンディピティを提供しやすくする、あるいはセレンディピティをもっと増やすという点にデジタルの活用価値を見出し、推進していこうと考えたのです。

 パルコの売上は、テナントの売上から成り立っています。これは見方を変えると、各テナントで働くスタッフの皆さんが接客した結果であり、同時に、接客を含む商品やサービスに対するお客さまの満足度の合計でもあるのです。





 つまりパルコの売上を最大化するには、お客さま一人ひとりの満足度を上げる、その鍵となるのがテナントでの接客となります。当時の私のチームでは、お客さまを顧客ではなく「個客」と表現し、「テクノロジーの力で個々のお客さまの満足をどう最大化するか」をテーマに掲げました。そこで登場したのが「24時間PARCO」というコンセプトです。

 24時間PARCOという言葉は、「パルコはいつでもお客さまに向き合っています」「いつでもお客さまに想起されて頼っていただける」といったことを意味します。2013年当時、日本でも広がり始めていたオムニチャネルの考え方をパルコ流に表現したものでもあります。

 現在はオムニチャネルの概念も一様ではありませんが、当時はよく、商品を中心に置いて、左右にリアル(店舗)とオンラインを並べて表現する概念図を目にしました。しかし、自前の商品を持たないパルコの場合、重要な価値提供の源泉はテナントの販売員さんの接客であると考え、そこを真ん中に据えたビジュアルイメージにしました。
  
※2014年作成の資料のため、現在はないサービスも含みます

 重要なのは、真ん中にいる販売員さんは「同じ人」という点です。店頭でもオンライン上でも、接客する販売員さんが提供する価値は同じにしておかないと、SCの場合はオムニチャネルにならないんですね。

 パルコではそれ以前から、ハウスカードでの割引施策や、カードを利用したお客さまのデータを活用したマーケティング施策の落とし込み、接客やインバウンド対応の研修といった、さまざまなテナント・販売員支援に取り組んできました。24時間PARCOでは、これらをオンライン上でもできるよう、ショップブログなどのツールを提供しました。

 販売員さんがブログで日々発信するようになった効果は、 すぐに実感できました。ブログで見た商品の取り置きをしたいという問い合わせが相次ぎ、「地方に住んでいて直接買いに行けないので、商品を送ってもらえませんか」と現金書留でお代を送ってこられる方もいました。

 そこで次に行ったのが、ブログにカートボタンをつけて、読者がそのページで気に入った商品を即座に注文できるようにした「カエルパルコ」です。ECサイトとして自宅配送もできますし、店舗取り置きもできるというシステムで、これは現在の「ONLINE PARCO」につながっています。また、さまざまな調査で、顧客接点がウェブからアプリに移ってきていたことが分かったため、ショップブログやカエルパルコを統合する形で2014年10月にスマートフォンアプリ「POCKET PARCO」もローンチしました。

 繰り返しになりますが、24時間PARCOの中心になるのは接客をする販売員さんですから、店頭販売をしながらWeb接客の記事も投稿しなければならず、大変忙しいです。そこで、たとえばWeb接客でうまくいっているショップがあればそのノウハウをシェアするなど、販売員さんが効率的・効果的に施策を実行できるような応援ポータルサイトもつくりました。

 このように、10年後も変わらない提供価値として「接客」を中心に据えたデジタル戦略を、さまざまに打ち出していったのです。

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