顧客体験をテクノロジーで拡張する~リテール業界のDXレポート~ #01

DXを通してパルコが目指す「10年後も変わらない価値」とは【新連載:J.フロント リテイリング 林直孝】

 

ZOZOとの実験


 最後にもうひとつ昔話を。前ページのオムニチャネルの図で、右下の「SNS」の括りに「WEAR(ウェア)」というファッションコーディネイトアプリがあるのが見えますでしょうか。これはZOZOTOWNを運営するZOZOさん(旧スタート トゥデイ)が2013年にローンチしたアプリで、著名人、一般ユーザー、そしてアパレルショップの販売員さんも自社商品を着用したコーディネートを投稿でき、ユーザーは自分に合うコーディネートを検索し、着用商品をZOZOTOWNで購入もできるというものでした。

 そのアプリがローンチする数カ月前、ZOZOさんから当社に手紙が来たんです。内容は、新しいアプリにバーコードスキャン機能を付け、店頭でお客さまが商品バーコードを読み取ると、ZOZOTOWN等のページに飛び、同じ商品をオンラインでも買い物できるようにしたい。店頭でのバーコードスキャン機能の利用に協力してほしい、というものでした。

 同じ手紙が全国の百貨店やSCに送られていたそうですが、ほとんど協力を得られなかったそうです。商業施設側からすれば、店頭で買わずに別会社が運営するECサイトで購入されてしまっては…という懸念からと推測しますが、当時は、当然と言えば当然の反応だったかもしれません。しかし、パルコだけは2013年秋にWEARアプリがスタートするとき、共同で「あたらしい買い物体験実験中」とうたい、半年間に及ぶ試験運用を行ったのです。

 試験期間中、WEARで店頭商品のバーコードをスキャンしてZOZOTOWNで購入できるバーコードスキャン機能も提供されました。
  
「WEAR」との共同実験を行った渋谷PARCO(2013年当時)。

 この実験の結果、店頭でのバーコードスキャン機能はローンチから半年後に中止され、店頭での接客ツールとしてショップスタッフのみ利用可能な機能として仕様変更することが発表されました。これについてはZOZOさんの、まずは実際にやって(実験して)みて、データを分析しながら、サービスをさらにより良いものに進化させるというやり方、意思決定と実行の速さに驚かされました。そしてパルコとしても、アプリのインターフェースや使い勝手の良さ、販売員さんのコーディネートの見せ方だけではなく、WEARというアプリを通じて何万人ものフォロワー(ファン)が販売員さんを「スター」に育てていく過程を経験できるなど、協業によって学ばせていただいたことや得たものはとても大きかったのです。

 当時、パルコがなぜ、この共同実験を行えたのでしょうか。しかも、店頭の顔と言えるロゴマークをバーコード仕様に変えるなんて、普通はやらないことですが、当時の上司や社長は即座にOKしてくれました。そして我々WEBコミュニケーション部のメンバーだけでなく、店舗運営部門、宣伝部門、実験を行った渋谷PARCOを含む4店舗など社内のさまざまなメンバー、そしてこの取り組みに賛同いただいた100を超えるショップの皆さんが一丸となって、この「あたらしい買い物体験」の準備をすすめました。

 これはやはり、先ほどから申し上げている「10年後も変わらない価値」につながると思ったからです。24時間PARCO、ショップブログを始めたことで、販売員さん自らによる情報発信が、お客さまを引き寄せるという新しいコミュニケーションの形をすでに実感していました。WEARも同じように、販売員さんが自らの商品を着て投稿することで、それを見たお客さまが買い物に行きたくなったり、その販売員さんに会ってみたくなったりということが生まれると確信していましたし、その通りのことが起きたのです。

 一部のお客さまは店頭で買わずにZOZOTOWNで買うかもしれないけれど、10年後も変わらない価値は接客にあるということ、「テクノロジーによる接客の拡張」というコンセプトを私たちはしっかり持っており、オムニチャネルの効果も実感していたからこそ、ZOZOさんの新しいチャレンジに共感し、共に「実験」に取り組めたのだと振り返ります。

 第2回以降は、その後のパルコの取り組みや、他社の事例も踏まえて、SCや百貨店を中心にリテール(小売)業界を巡るDXを考察していきたいと思います。

※編集部よりお知らせ※
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