関西発・地方創生とマーケティング #41前編
空前絶後の「阿修羅ブーム」、お寺が大ヒット弁当開発? 奈良・興福寺の僧侶が実践する「扉づくり」
馬車馬のごとく、プロモーションスキルを鍛えられる
辻 興福寺の認知度を一躍高めたのが、2009年に東京国立博物館、九州国立博物館で開催した「国宝 阿修羅展」でしょう。「阿修羅像」など8体で構成される国宝「八部衆立像」や国宝「十大弟子立像」などを出開帳(でがいちょう)しました。
国宝八部衆立像のうち「阿修羅像」(画像提供:興福寺)
展覧会のプロモーションに携わった私は、朝日新聞やテレビ朝日のエース級の事業担当者に相当、鍛えられましたね。馬車馬のごとく、とはまさにこのこと。結果、展覧会は阿修羅像を中心に大盛り上がりし、約170万人もの入館者数を記録し、特に若い女性を中心に阿修羅像は絶大な人気を集めました。アシュラーという流行語も誕生しました。この年、東京国立博物館で開催した「国宝 阿修羅展」は、世界一の入館者数を記録した展覧会だったそうです。
ただ、阿修羅の人気ぶりに、興福寺が目指す「天平の文化空間の再構成」というテーマや、中金堂再建事業を知っていただけなかったのではないか、そんな反省が私の中にありました。
お寺とは仏像、伽藍、そして僧侶がいて成り立つもので、その中でも仏像は美術品ではなく、長い歴史の中で、数多の人が祈りを捧げてきた信仰対象であります。その肝をどうしたら伝えることができるのか、とても考えさせられました。
それでも、日ごろご縁のなかった方々にも注目されたことで、いろいろな扉を準備して、開けたくなる仕掛けは重要だ、そう思うきっかけになりました。
ちなみに興福寺には「友の会」のほかに、展覧会の中で企画され発足した「阿修羅ファンクラブ」が現在もあり、イラストレーターのみうらじゅんさんを会長として、阿修羅を愛する千数百名の会員がいます。阿修羅ファンクラブの入会は国宝館にて受け付けていますので、ご関心ある方はどうぞ。
そういう意味では、先ほどの精進弁当「心」や、「ゆかり」で有名な広島の三島食品さんと共同開発した「精進ふりかけ」も、扉のひとつなのかもしれません。
「精進ふりかけ」も動物性タンパク質は一切使っていません。うま味を出すのが本当に難しかったようです。研究所の方と何度も意見を交わして、多彩な素材をブレンドして試作と試食を繰り返しました。SNSでふりかけを使ったレシピを募集し、多くのアイデアを寄せていただいたことも、ご飯にかけるだけではなく、さまざまな料理に使えるふりかけづくりに役立ちました。最終的に3種類の精進ふりかけ(あを・丹・よし)が誕生。自信をもって国際味覚審査機構(iTQi :International Taste Institute)に出品したところ、最高の三ツ星を受賞しました。実はモンドセレクションにエントリーする予定でしたが、三島食品の方が「やるなら、これから認知度が上がっていく賞にエントリーしましょう」と挑戦したのです。なんと、ふりかけの受賞は世界初という快挙でした。
三島食品さんと開発した商品は他にも、ペン型で携行に便利な「興福塩座」があります。「塩座」とは中近世に興福寺を拠点に塩を流通させていた商人集団のことで、食品をきっかけにお寺の歴史に思いをはせてもらう働きかけです。当時、奈良文化財研究所に勤務していた友人の研究者に監修を依頼しました。
そうそう、「国宝 阿修羅展」の興奮冷めやらぬ2010年には、JR東海エージェンシーが企画した阿修羅像など八部衆の姿を全方位から見られるアプリ(※3)開発にも全面協力しました。最大瞬間風速はすごかったんですけれど、当時はスマホが普及していなかったので、これは先走り過ぎました(笑)。でもアップルの方と仕事する機会なんて、滅多にないので面白かったです。
※ 3:iPhone/iPod touch用アプリケーション「阿修羅 - 興福寺 国宝八部衆」の販売をApp Store にて行った。現在は販売終了。