関西発・地方創生とマーケティング #41前編

空前絶後の「阿修羅ブーム」、お寺が大ヒット弁当開発? 奈良・興福寺の僧侶が実践する「扉づくり」

 

振り返ると道ができていた


 こうした積み重ねがあって、国宝館のリニューアルや「天平の文化空間の再構成」の中核事業だった中金堂再建が成就し、現在は国宝五重塔の明治以来120年ぶりとなる保存修理事業を進めています。

五重塔の修理については、師匠に「知っているのは身内だけやぞ」と言われます。もっと関心をもってもらう工夫をせよ、というメッセージです。もちろん、令和の大業に興味をいただく為のアイデアはいくつか温めています。

興福寺は創建以来、現在のような姿だったと思っている人もいるかもしれませんが、明治時代の神仏分離令によって、大きな影響を受けたのです。簡単に言うと、今もその傷が回復していない。

僧侶が春日大社の新神司(かむつかさ)になるなど、一時は管理者不在となり、伽藍は著しく荒廃しました。至宝は流出し、法灯も途絶えかけたのです。「天平の文化空間の再構成」を合言葉に伽藍の復興を目指すのは、先師の束ねたバトンを受け取った、われわれの責務だと感じています。

これからどのようにアプローチするか。師匠には「一方通行ではなく往復できるように」とも言われています。これは反応をもらいなさい、ということなんです。たとえば精進弁当には、一品ごとに意味を込めたのはお話ししたとおりですが、記念品の引換券を入れてみました。期間中に拝観すると、中金堂の再建余材を使った根付を受け取れる、というものです。新幹線車内や主要駅でお弁当を買う人が、どれだけ実際に足を運んで参拝してくださるか、反応を見たかったのです。1日平均40名、多い日で100名を超える方が引換券を持って来られました。

お寺に来る方はさまざまで、参拝はもちろん、憩いや観光を目的とする人もいるでしょう。ただし、ここは古来培ってきた文化が蓄積している場所だと気づいていただきたい。そんな願望は常にあります。

そして、もうひとつ伝えたいことがあります。私たちが仏さまを前にするとき、その姿を見ているように思いますが、実は逆、私たちが仏さまに見られているのです。日頃から神仏の照覧(視線)を意識できれば、迷った瞬間も正しい判断や行動ができます。冒頭申しましたが、興福寺には門も塀もありません。安心、不安、喜び、悲しみ、幸せ、苦しみ、どうしようもない時、陰から支えてくれる仏さまといつでも向き合えるのです。これが本当の意味で扉を開く理由だと思っています。

――――――――――――――――――

取材場所となった興福寺の本坊には、中金堂や五重塔のそばを通って行きました。これほど巨大な建造物を再建したり修理したりするには、莫大な資金が必要と思われます。多くの人にそのコンセプトや意義を知ってもらい、拝観してもらったり、寄付をしてもらったりするためにも、ビジネスで言う「集客」施策は不可欠でしょう。

辻さんはマーケティング的な施策を自然体で実行し、成果を出されていますが、目指すところ、守ろうとしているものはやはり、企業のそれとは微妙に違うと感じました。後編はその辺りを深くお聞きします。

 
五重塔は外構工事中。2025年4月から本工事着工(画像提供:興福寺)

※後編に続く
他の連載記事:
関西発・地方創生とマーケティング の記事一覧

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録