関西発・地方創生とマーケティング #41後編

「点と点がつながり、やがて縁となる」奈良・興福寺の僧侶が導き出した役割の見つけ方

 

誰もいないのに足音が…。役割を見出す瞬間


 興福寺と辻さんは、歴史的背景もあってさまざまな商品を監修されたり、再現プロジェクトを行ったりされていますが、それは企業が提供するサービスという考え方とは違う、というお話でした。興福寺は学問寺であり、お坊さんも学問に勤しむのが務め…ということですが、では、社会にとってのお寺や僧侶の役割とは、何なのでしょうか。疑問が深まります。

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 少し自分のことを話します。大学を卒業した2000年に入山したものの、当時は理想と現実のギャップに先が見えず、何のために僧侶となったのか、さっぱり分からず毎日モヤモヤ。お寺に入って1年近く経った頃、「四度加行(しどけぎょう)」という修行に入ることになりました。師匠の指導のもとに、興福寺の一角に設けられた道場に90日間籠り、密教の基本的な所作を学ぶのです。

正直、何のためにやっているか分からない、意味も分からない、とにかく行を終えて、辞めることばかり考えていました。

最後の2週間は護摩を焚く作法を覚えるのですが、夜中から慣れない所作で護摩を焚いていると、静かに手を合わせている人がいらっしゃることに気づきます。修行中なのでお話しできませんが、「悩みを聞いてください」と語る人、黙々と御百度参りしている人、毎朝4時くらいから一番参りに来られる人もいました。ここにはそれぞれの祈りがあることを知りました。

これは今となっては夢か、現実だったのか分かりませんが、護摩を焚いていると、後ろで足音が聞こえるんです。
「ザッザッザッ」
お堂の脇にある手水の音がピタッと止まり、またちょろちょろと流れ出す。最初はお参りの人? 鹿? でも後ろを向いても誰もいません…。そんなことが一週間くらい続きました。

そしてある時、ハッと気づくのです。お寺には生きている方は勿論、亡くなってからでも来ることができる。つまり生と死を隔てない空間だと。私たちではなく、仏さまに会いに、また導かれ、辿り着くのです。幾つもの願いや気持ちを仏さまに伝える、その橋渡しをする間に私がいる。そう気づいた時に、心のトゲが抜け、ふっと軽くなりました。自分の役目が見えたのです。
 
興福寺執事長(兼境内管理室長)
辻 明俊 師

2000年に興福寺入山。2004年から広報・企画事業などに携わり、現在に至る。
2011年、一生に一度しか受けることを許されない「竪義加行」を成満。2012年に興福寺・常如院住職を拝命。2023年4月、興福寺執事長に就任。
著書に『お坊さんに聞く108の智慧』(共著 芸術学舎 2017年)、『興福寺の365日』(単著 西日本出版社 2020年)、『奈良公園の案内所~極~』(分担執筆 KADOKAWA 2024年)、その他に興福寺『多聞院日記』発酵食品再現研究会 会長をつとめる。

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 不思議な体験を聞いたものです。「四度加行」なる修行は2週間から1カ月ごとに変わる作法を、1日3座繰り返すそうです。同じことを延々と行うのは、昨今重視されるタイムパフォーマンスとはかけ離れているようですが、修行中の当人はどんな気持ちなんでしょう。終わった時、何か変わるものなのでしょうか。

 辻さんに聞くと、「当時はまだ20代初めですから『早く終わってほしい』とか『終わったら何を食べよう』とか、そんなもんです(笑)」とのこと。ただそんな気持ちも、最後の2週間くらいになると剥がれ落ちるそうです。なぜ90日もの間、1カ月ごとに同じことを繰り返すのかというと、「体で覚えて心に蔵(おさ)めるのにそれくらいかかる」。正しい努力は重ねて初めて形になるが、それに気づけるのは終わってから…というお話でした。

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