リテール・EC

富永朋信氏が強調「すべてのマーケターは、店舗の重要性を今一度認識すべき」

 人口減や少子高齢化、物流問題による人手不足、店舗と本社間の連携不足など、小売業が抱える課題は山積している。このうち最も深刻なのは、約100年前にチェーンストアが誕生して以来ほとんど改善が見られない、チェーンオペレーションの機能不全だ。

 デジタル化によって顧客接点が増え続ける中にあって、商品購買の現場である店舗は、依然として最も重要なものの一つ。ゆえに小売業界の課題解決は、多くのマーケターが当事者として向き合うべき事柄といえる。

 小売業界全体が抱え続けている課題の根本原因は何なのか。なぜ、これまで解決できなかったのか。AIを含む先進テクノロジーの普及・進化によって、今何が変わろうとしているのか。Preferred Networks(プリファードネットワークス) でリテール事業開発を管掌する(取材時)富永朋信氏に話を聞いた。
 

マーケターが今一度認識すべき、店舗の重要性


ー 複数の企業でCMOを歴任してきた富永さん。プリファードネットワークスに入社し、特に小売業界のAI活用に深く関わるようになって6年が経ちます。小売業、特にチェーンストアの課題解決に対する思いを改めて聞かせてください。

 マーケティングにおいて、お客様を中心に考えることを否定する人はいないと思います。では、数多あるタッチポイントの中で最もお客様との関係深化に重要なものは何でしょうか。私がマーケターの皆さんにあらためてお伝えしたいのは、店舗の重要性です。

 例えば、Amazonで本を買うのと書店で本を買うのでは、どちらが楽しいか。何を買うかすでに決まっている場合はAmazonが便利なのは確かですが、「どちらが楽しいか」と問われれば、やはり書店と答える人が多いように思います。目の前に商品があって、手に取って触れることができる。周りを見渡すと、何がどこにあるか直感的にわかる。自分の頭の中の地図に沿って、店内を自由に歩き回ることができる。商品のリアリティや迫力を感じながら、直感的に選び取ることができる。それこそが、お客様にとって価値ある購買体験と言えるのではないでしょうか。
 
富永 朋信 氏
Preferred Networks
エグゼクティブアドバイザー

1992年大学卒業後、コダック社に入社。以来、日本コカ・コーラ、西友、ドミノ・ピザジャパンなどマーケティング関連職務を9社で経験。うち、西友、ドミノ・ピザでなど5社ではCMO、マーケティング部門責任者を拝命。2019年7月より現職。同時に、マーケティングの核=人間理解という考え方に基づき、社内にとどまらず、複数の企業に対してブランド、コミュニケーションから人事・組織戦略等多岐に渡るアドバイザリー業務を行う。 内閣府・厚生労働省など政府系機関の広報アドバイザー多数拝命。マーケター・オブ・ザ・イヤー審査員をはじめ、マーケティング系団体・カンファレンスの理事、議長などを多数拝命。OFFICEしもふり代表。著書に『幸せをつかむ戦略』(日経BP社)など。

 店舗を構成する要素の最小単位が、商品・什器・POPです。商品があって、それを並べるステージとしての什器があって、商品そのものからは読み取れない情報を伝えるPOPがある。これらの組み合わせがモジュールとなり、その時々の商品のフィーチャー度合いに合わせた形でモジュールの規模を調整することで、店内において各商品のおすすめ度が直感的にお客様に伝わります。例えば、店内で最も目立たせたい商品は、大量陳列されて、目立つPOPが大小いくつも貼られます。次に目立たせたい商品はエンドキャップ(店舗内の通路沿いに設置されている端の棚)に並べられ、同じくPOPで飾られます。そして最も目立たない商品は定番棚に1列だけ並べられ、POPは値札のみの簡素な内容……といった具合。

 そして、店舗を単なるモジュールの集合から、「直感的に買える場所」に昇華するために必要なのが、マーチャンダイジング(品揃えや棚割り)とストアオペレーション(発注や品出し)です。品揃え・棚割りは、お客様が直感的に買える店舗の構造そのもの。発注や品出しは、その構造を再現するための仕組みです。1-2万SKUにのぼる商品をカテゴライズし、関連の強いカテゴリ同士を隣接させる。その上で、商品・什器・POPのモジュールを組み合わせて売り場を演出する。これによって、お客様は直感的な購買体験を楽しむことができるのです。

 マーケティングに携わっていると、テレビCMや動画広告、SNS、CRMといった、認知獲得や関係維持の手段につい意識が向きがちです。もちろん、SNSで初動を演出して、テレビCMや番組でそれを加速し、自社サイトで理解促進して……というプロセスを経て購買に至ることもありますが、店頭での衝動買いは、そうした一連の上流工程を経ることなく起こります。ほとんどのマーケティングプロセスをスキップして、いきなり購買を喚起できるのが店舗なのです。店舗がいかに重要な顧客接点であるかは言うまでもなく、店舗を起点にマーケティング戦略全体を構築しても良いくらいだと考えています。

 直感的な購買体験を実現することが小売ビジネスの要であると同時に、小売企業が抱える課題のほとんどはその実現に関わるものばかりです。しかもその課題は、アメリカでチェーンストアが生まれた1920年代からあまり変わっていません。AIを含むテクノロジーの普及・進化によって、ようやく解決に向けた一歩を踏み出せそうなのが今です。これらは一見すると小売企業固有の課題であるように見えますが、店舗が最も重要な顧客接点の一つである以上、メーカーにとっても決して無関係な話ではありません。
 

チェーンストアが抱える課題の病理を理解する


ー 小売業界全体が抱える課題として、長らく業務効率化の必要性が強く叫ばれてきました。最近では売上伸長や利益率向上のニーズが高まっているとも聞きます。多くの小売企業が直面している課題について、改めて整理いただけますか。

 スーパーマーケットであれ、ドラッグストアであれ、コンビニエンスストアであれ、チェーンストアすべてに共通していることがあります。それは、本社のマーチャンダイジング担当が品揃えと棚割りを決め、それを各店舗で展開するという基本的な流れです。その品揃えと棚割りは、多くのメーカーから集約した情報を結集してつくられた、まさにインテリジェンスの塊とも言うべきもの。本社機能が提供されなければ各店長が判断しなければならないことを、本社で知識とともに一元管理することで、効果・効率を大幅に高めているわけです。

 本社が決めた棚割りを店舗で実践すると、当然ながら、現場では本社が想定していなかったことが起こります。例えば、「この商品は売れると本社から言われたのに、思うように売れないぞ!」「周りの競合店で売っているあの商品、うちでは扱わなくていいの?」といった具合です。チェーンストアオペレーションの想定では、そういう違和感・異常値を察知して、各店舗は「うちの店舗では商品AとBの優先順位を逆転させて配置したほうがいいんじゃないか?」とか「商品Cの取り扱いをやめて商品Dに切り替えたほうがいいんじゃないか?」といった仮説を立ててアクションします。それで成果が出たら本社にフィードバックし、マーチャンダイジング担当はそれを踏まえて棚割りをブラッシュアップ、という次第です。

 本社の仕事は、品揃え・棚割りを考え、店舗に実行してもらうこと。店舗の仕事は、本社の指示を実行した上で、改善点を見つけ、本社にフィードバックすること。そして、品切れを起こすことなく日々を運営していくこと(こう言ってしまうとシンプルですが、スーパーマーケットに並ぶ1~2万SKUの商品は売れるスピードにそれぞれ差があり、それを管理しながら1日単位で発注・入庫・品出しする労力は計り知れません)。この良いサイクルを継続することが、チェーンストア理論の根幹です。これを愚直にやることにより売上・利益は相当伸びていく、というのがその考え方の核なのですが、実行できているチェーンはほとんどありません。本社/店舗それぞれに、実行できない理由と課題があります。
  

 まず本社は、品揃えや棚割りを、卸や、カテゴリーキャプテンと呼ばれるメーカーに委託しているケースが少なくありません。ウォルマートでの経験から、トレーニングを受けたマーチャンダイザー・バイヤーが心血を注いでつくる棚割りと、卸がつくる棚割りでは、前者のほうが売上が2割程度は高くなるという実感値があります。それにも関わらず丸投げしてしまうのは、棚割り作成の知的負荷が高いことが原因です。数百万点にのぼる扱い可能な商品を1万程度に絞り、それにお勧めの序列をつけ、さらにおすすめが直感的にわかるようにモジュールを組み上げるのは、ものすごく難易度が高いジグゾーパズルをつくるような、複雑で根気が必要な頭脳労働です。

 さらに日本の場合は、不動産的な制約から、同じチェーンであっても一つひとつ店舗の形・大きさが違い、すると什器の配置・サイズが異なることになりますから、どのお店に何種類の商品をどれだけの量並べられるかを把握するのは必要性が高いにも関わらずかなり煩雑な作業です。これをやり切ったとしても、全店に合わせて店数の分だけ棚割りを描くのは極めて負荷が高い作業です。

 現実に目を向けて、すべての店向けに描くことを諦め、例えば店舗の規模ごとに大・中・小の3パターン書き分けても、各店舗にぴったり合致するわけではないので、最終的には各店舗の裁量で店づくりをすることになります。これにより本社の意図が店頭に反映される精度がぐっと下がります。なぜなら、棚割り図面からバイヤーの意図を言語的に汲み取るのは必ずしも容易ではなく、店舗で棚を作成する人の解釈・バイアスが大なり小なり入ってしまうからです。

 本社による棚割りの実現状況チェックが厳格に行われれば、店舗・本社間のやりとりを密にすることで、バイヤーの意図反映を促進することができそうです。このために、本社の店舗オペレーション統括部門では、地区長・地域長やゾーンマネージャーといった店長の上長にあたるポジションを設定、彼・彼女が担当店舗を回って状況を把握し、本社にフィードバックする、というやり方をします。

 ですが、1万種類にのぼる商品の取り扱いやおすすめ度合いを人間の脳で覚え、逐一チェックするなど無理な話。すべての店舗について正確に把握するのは現実的ではありません。その結果、毎週月曜に本社で行われる営業会議は、それぞれの地区長がそれぞれの視点で行った、全体としては一貫性に欠け、かつ観察の配分が偏った報告をベースに行うことになります。

 一方、店舗側の最も深刻な課題は労働力不足です。例えば、品出しという業務をイメージしてみましょう。ノートや端末を持って店内を歩き、品切れしている商品を見つけたら品番をメモしてバックルームに行く。該当の商品を探して、カートに載せて、売り場に持ってきて、棚に並べます。たとえば「コカ・コーラ」一つとっても、普通の「コカ・コーラ」と「コカ・コーラ ゼロ」と「コカ・コーラ ゼロカフェイン」があって、期間限定のフレーバーつきのものがあったりしますよね。容量も、ペットボトルだけで1500ml/1000ml/500ml/350mlなどバリエーション豊富。そのSKUを正確にメモするのは容易ではありません。加えて、バックルームには何千種類もの商品の在庫があり、目当ての商品を探し出すのは至難の業です。飲料でいえば300kg分ぐらいの商品が載ったカートがずらりと並んでいる上、日々新しいものが入荷されて毎日景色が変わります。小売の現場に慣れている人でも、1SKU探すのに20分以上かかることも珍しくありません。ましてや労働力確保のために小売の経験が浅い人や日本語が堪能でない人が増える中、非効率性は増すばかりです。

 小売ビジネスの要である、直感的な購買体験を実現するためには、本社と店舗が抱えるこうした課題を解決する必要があるのです。

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