リテール・EC

リテールメディアの信頼性向上のためガイドライン作成。その内容と意図は?【リテールメディアコンソーシアム座談会】

 小売やメーカー企業などでつくる「リテールメディアコンソーシアム」が、リテールメディアの適正な発展と信頼性向上を図ることなどを目的にリテールメディアガイドライン(指針)を作成した。

 リテールメディアコンソーシアムは、リテールメディアのあり方を規定し、新たな基準を設定するプラットフォームとして機能する団体。

 ガイドライン作成で中心的な役割を担ったTMI総合法律事務所 パートナー弁護士の寺門峻佑氏、電通 チーフ・リサーチ・ディレクターの朱喜哲氏、フェズ データ基盤部 部長の福田大賀氏が座談会を実施。前編では、3氏がガイドラインを作成した背景や重視した点などについて振り返った。
 

法律を守るだけでは不十分


ーー今回、ガイドラインを作成した背景をお聞かせください。

 リテールメディアコンソーシアムは、リテールメディアの発展を推進するのが主たる活動目的です。一方で、リテールメディアは購買データをはじめとする新しいデータを用いた新しいメディアであるからこそ、今の法律だけでは対応できない多くの課題があると考えています。

というのも、私たちの買い物は、誰に知られても問題のないものから、他人には知られたくないものまで、いろいろあります。マーケター目線では、お客様のお買い物体験を向上するという究極の目標に向かって、どのようなデータも一括して扱い、メディアの運用に生かしていけることが理想です。しかし、当然ながらお客様個人にとっては、プライバシーに関わる話でもあります。

そこに関する法律として個人情報保護法がありますが、実は技術が進化していくたびに内容の見直しが義務付けられています。いわゆる「3年ごと見直し」と呼ばれているものです。なので、3年後、6年後と法改正されていくことを見越して、どのような指針を持ってリテールメディアに取り組んでいくかを考えることが重要で、現在の法律をぎりぎり守るだけでは不十分なんです。

そこで、業界全体の信頼性の向上に貢献するために、ある意味では自分たちが不利になるくらい生活者ファーストの考えで、リテールメディアを活用していくためのガイドラインを策定しました。自分たちで自主的にルールをつくり、それを守ることで、より厳しい法律の制定を避けられるという側面もあります。

私自身は、広告代理店でリテールメディアも含めたさまざまな手法でクライアントのニーズに応える一方、大学でデータについての倫理も専門的に研究しており、今回はその研究者としての観点からルールづくりに携わっています。また、ルールづくりには法律の知見が必要になるので、その領域で最も専門性と実務経験をお持ちの寺門先生にも加わっていただいております。
 
株式会社 電通
第6マーケティング局 CXコンサルティング1部
チーフ・リサーチ・ディレクター
Ph.D.
朱 喜哲氏

大阪大学社会技術共創研究センター招へい准教授。電通チーフ・リサーチ・ディレクター。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門はプラグマティズム言語哲学とその思想史。また研究活動と並行して、企業においてさまざまな行動データを活用したビジネス開発に従事し、ビジネスと哲学・倫理学・社会科学分野の架橋や共同研究の推進にも携わっている。著書に『〈公正フェアネス〉を乗りこなす』(太郎次郎社エディタス)、『バザールとクラブ』『人類の会話のための哲学』(よはく舎)、『NHK100分de名著 ローティ「偶然性・アイロニー・連帯」』(NHK出版)など。

寺門 私は日々、リテールメディアに取り組んでいる企業の法的支援をはじめ、さまざまな業界のデータ活用支援に関わっています。その中で、個人情報保護法の遵守はもちろん、プライバシーへの配慮といった倫理面への配慮も必須であると感じてきました。

このガイドラインを作成することで、企業の法務部の方々に自社のリテールメディアへの取り組みをレビューいただくよりもっと早い段階で、リテールメディアの運用を行う事業部門の方において、法律やプライバシーにおける重要ポイントを理解し、それを考慮に入れて施策を検討できるようにしたいと考えています。近年は個人情報保護法への対応が複雑化していますが、実はビジネスモデルを組み立てる段階でしっかり手当てしていけば、ハードルはそこまで高くありません。むしろ、組み立ててしまってから、最終チェックとしてリーガルレビューを経る形ですと、法令遵守に疑義が残る等により承認が得られず、つくり直しになる可能性もあり、余計なコストがかかってしまいます。

データの活用は、法律上の最低限を押さえるだけでなく、消費者にとってより安全安心で信頼されるような対応を取ることが望ましく、また、そのようにしたとしても、十分合理的に行うことができます。今回のガイドラインは、幅広くリテールメディアに取り組む人々にとっての読みやすさを重視しました。とっつきにくい法律や規制対応を少しでも理解して、組み込みやすくする一助になればと思っています。

福田 私はフェズでデータ基盤の構築に関わっているのですが、クライアントである小売企業のデータを扱いながら、どのようにデータを受け取り、管理するのが適切なのか、何を守って扱えばいいのかといったことに、都度、法務部門などと相談しながら最適解を探しつつ取り組んできました。これまで我々が取り組んできたことをより一般化して皆さんにお伝えできればと思い、ガイドライン作成に参加しました。
リテールメディアコンソーシアムはこちら

 

市民社会の目にさらされても、理解できるものであるべき


ーーガイドラインの作成にあたって、どのようなことを重視しましたか。

福田 私は普段、データをつなぐ、データを使えるようにするという立場にいますので、まずデータにはどのような使い方があって、それがどのように分類できるのかといったことをある程度明確にすることで、ガイドラインを読んだ人が自分はどの立場で関わっているのかを分かりやすく理解できるように心がけました。言葉にするのが難しかった部分もありますが、そこはサポートしてもらいながら、どのような文章がいいのか、気にするべきポイントは何かということにも気を使いました。

 リテールメディアには、小売や、私たちのような広告会社、アドテクノロジー系の事業者、広告主であるメーカーなど、ステークホルダーが非常に多くいます。それぞれの業界で言葉の定義や使い方が異なっているので、目線が合わなかったり、本来恐れるべきではない部分を恐れてしまったりといったことも起こりがちです。このガイドラインでは、その言葉遣いを標準化するべきだという思いもありました。

特に、法律的な正確性は保った上で、法律用語に近い言葉を標準的な言葉遣いにすることで論点が明確になるようにしたり、法務部や法律家にどういう観点で相談すればいいかが分かるようにして相談の間口を広げたりすることを心がけました。

そして、ステークホルダーの中には、エンドユーザーである生活者も含まれるわけなので、このガイドラインは市民社会の目にさらされるべき、一般の人にも理解できるものである言葉遣いで書かれるべきだということも、大事にしたポイントだと思っています。

寺門 今回のガイドラインは、実際に事業に取り組む人々が法律やその他のルールにしっかりとアンテナを張っておけるようにするためのものなので、法律に詳しくない人にとっていかに分かりやすくするかに注力しました。それなりの分量にはなってしまいましたが、リテールメディアにまつわる法的な課題をこの程度のページ数で整理できたのは一つの成果だと考えています。
 
TMI総合法律事務所
パートナー弁護士
寺門 峻佑氏

TMI総合法律事務所パートナー TMIプライバシー&セキュリティコンサルティング株式会社取締役。日本国・ニューヨーク州弁護士、情報処理安全確保支援士。内閣サイバーセキュリティセンタータスクフォース、滋賀大学データサイエンス学部インダストリアルアドバイザー、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術委員などを歴任。国内外のデータ保護法対応・セキュリティインシデント対応、プラットフォーム開発・ライセンスビジネス等のIT・海外展開に関する法務、IT関連の国内外紛争・不正調査案件を主に取り扱う。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録