リテール・EC

NRF2026レポート:NRFから読み取れる2大潮流と日本企業のための3つの行動原則【300Bridge 藤原義昭氏】

 

人間性の再定義 ― AI時代における唯一の差別化要因


 AIが機能的な利便性と効率性を極限まで高めていく2026年の小売業界において、逆説的にその価値を高騰させているのが「人間性(Humanity)」です。AIが「答え」を出すのが上手くなればなるほど、人間にしか生み出せない「問い」「感情」「信頼」、そして「熱狂」が、ブランドを差別化する唯一の要素として浮上しています。

 NRF 2026のセッションでは、テクノロジーを前面に押し出すのではなく、あくまで人間の「魔法」を増幅させるために使うという意見も多かったと思います。


▶︎「静かなテクノロジー(Quiet Tech)」の美学:LVMH

 LVMHが提示した「静かなテクノロジー(Quiet Tech)」という概念が、らしさを表していました。LVMHの最高オムニチャネル・データ責任者であるゴンザーグ・ド・ピレイ氏は、「テクノロジーはどこにでもあるべきだが、どこにも見えてはならない」と言いました。

 LVMHにおいてAIは、職人の技や販売員の人間力を「置き換える」ためではなく、「拡張する」ために存在します。ここまでは最近よく耳にしますが、具体的にルイ・ヴィトンのデザインスタジオでは、AIが素材の視覚化や色テストを高速で行うことで、デザイナーは「創造性」「感情」「クラフトマンシップ」といった人間的な領域に深く没頭する時間を確保できます。

 また、顧客体験においては「デジタル・コンシェルジュ」という概念が実装されています。これは単に商品を推薦するだけの機能ではなく、さらに、AIは顧客が「何を買うか」だけでなく「どのように生活しているか」を理解します。たとえば、ある顧客がニューヨークを訪れる際、AIがその文脈を理解し、ルイ・ヴィトンの商品提案だけでなく、現地の展覧会の予約や、予約困難なレストランの手配までを、クライアントアドバイザー(販売員)を通じて提案します。ここでは、AIという「知性」が裏側で複雑な調整を行い、表側では販売員という人間が顧客との親密な関係を築くという役割分担が確立されています。


▶︎信頼(Trust)と感情(Emotion)のビジネス:REI、Ulta beauty

 
「AIによって取引が簡単になればなるほど、人間的なつながりが唯一の差別化要因になる」。そう断言したのは、アウトドア用品大手REIのメアリー・ベス・ロートンCEOです。  



 REIには「グリーンベスト」と呼ばれる1万5,000人の従業員がいます。彼らは単なる店員ではなく、熟練したアウトドアの専門家でありガイドです。AIは膨大なデータから「最適なテント」を瞬時に選定できるかもしれません。しかし、「初めてのキャンプで不安を感じている家族」に対し、自身の失敗談を交えながら勇気づけ、背中を押すことができるのは、生きた経験を持つグリーンベストだけです。REIは、これを「信頼」こそが、AIが模倣できない通貨であると定義しています。

 同様に、全米最大のビューティー小売企業であるUlta Beautyのケリー・マホニーCMOは、「ビューティーは動詞であり、感情である」と定義しました。彼女たちは、自社のロイヤルティプログラムを単なるポイントシステムではなく、「リレーションシップエンジン」と呼んでいます。膨大な顧客データとAIは、効率的な販促のためではなく、顧客一人ひとりの感情に寄り添い、人間関係を深めるために使われます。データとテクノロジーを理解する「良き管理者」であると同時に、ブランドの物語を語る「ビジョナリー」であることが、これからのリーダーには求められています。


▶︎コミュニティとカルチャーの力:DICK'S Sporting Goods、Gymshark

 
「モノを売る場所」から「カルチャーが生まれる場所」へ、物理店舗の役割も劇的に変化しています。

 スポーツ用品店チェーンのDICK'S Sporting Goodsは「House of Sport」という巨大な体験型店舗を展開しています。約15万平方フィートの敷地には、商品棚の隣にクライミングウォール、バッティングケージ、さらには屋外競技場やホッケーリンクまでが併設されています。顧客は単に道具を買いに来るのではなく、スポーツをし、コミュニティに参加するために来店します。エド・スタック会長は、このコンセプトを「DICK'Sを廃業に追い込むほど革新的な店をつくる」という決意で立ち上げたそうです。

 また、急成長するフィットネスウェアブランドのGymsharkは、「We do gym」というたった3語にブランドの魂を凝縮させているとのこと。ロンドンのボンドストリートにある旗艦店は、収益性よりも「コミュニティの育成」を最優先に設計されており、そこは商品を売る場所である以上に、トレーニング愛好家たちが集い、インスピレーションを得るための聖地となっています。

 これらの企業に共通するのは、「効率性」をAIに任せ、そこで生まれた余白を「人間性」や「カルチャー」に全投資している点です。

 DICK'S Sporting Goodsで行われているという、とても良い意思決定方法をご紹介したいと思います。会議で否定的な意見から入ることを禁じ、「Yes, if...(やろう、もし~ができれば)」という言葉から始めるルールを徹底することで、リスクを恐れない前向きな文化を醸成しています。

 2026年は、テクノロジーは「見えないインフラ」となり、その上で輝く「人間性」こそが、顧客を惹きつける最大の重力となりそうです。

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