リテール・EC

NRF2026レポート:先駆的DTCブランドに学ぶ、AI時代のパラダイムシフト  「分散する買い場」と変わらない「北極星」【BICP 菅 恭一氏】

 

分散型コマースは、プラットフォーム依存から脱却する翼


  今回のNRFで多く語られたエージェンティック・コマースはこの水平展開の進化系としても捉えることができそうです。その核となる概念が「分散型コマース」です。

 「10年前の私たちにとって、Eコマースは旗艦店でした。しかし今、私たちが目撃しているのはコマース体験の分散化です。私たちは、顧客が訪れるのを待つのではなく、顧客のいる場所で出会うのです」

 Awayのジェシカ・シニジ氏は自社ECサイトを目的地ではなく、顧客がいる場所に持ち込むべき「体験のアセット」と再定義しました。自社サイトを中央集権的な存在と捉えて顧客が訪れることを期待するのではなく、体験を顧客が実際に存在する数多くの断片的な場所に持ち込もうという考えです。

 冒頭で触れたGoogleによるUCPはまさに、こういったブランドの意志を後押しする技術です。これまでブランドが水平展開を試みる際、AmazonやWalmartといった巨大なプラットフォームの中でその規約や手数料、データの独占に依存せざるを得ませんでした。しかし、エージェンティック・コマースを支えるUCPの登場は、この構図を根本から覆します。

 ブランドは、自社のアセットやコマース機能をパッケージ化し、顧客のパーソナルAIへと直接ディストリビューションできるようになります。プラットフォームの中で競争するのではなく、プラットフォームをバイパスして自社決済機能を持ち出す。これこそが「垂直なブランド体験を、水平に展開する」というパラダイムシフトの本質です。
 
NRFの展示会場、正面入り口にはエージェンティックAIを紹介するGoogleの大規模なブースが展開された。 ※BICP 菅撮影
 

分散に耐えうる北極星とプロダクトの規律


  一方で、接点が水平に分散すればするほど、ブランドは薄まるリスクにさらされます。
そのアンカーとなるのが、3社に共通して貫かれている強固な理念と、プロダクト品質への執念です。

 Vuoriのアシュリー・ケヒター氏は、顧客の利便性だけでなくブランド構築の観点で両立すべきバランスが存在すると指摘します。ブランドのらしさを保ち、自らを語る素晴らしい製品を提供し続けることが重要であり、その拠り所は従業員が共有できる理念、北極星であると言い切ります。そして、それを体現する場としての実店舗の重要性は変わらないと主張します。

 また、Rothy’sのデイナ氏は、プロダクトの規律をこう表現します。
「私たちのDNAにはサステナビリティが絶対条件として刻まれています。耐久性のある靴を作るという理念に反することは絶対にしません。優先順位を明確にすることで組織に明確さが生まれ、全員が一致団結して驚くべきスピードで前進できるのです」

 Rothy’sは、2,300万本以上のペットボトルを再利用し、独自技術で製造過程の廃棄物をほぼゼロにする垂直統合型のサプライチェーンを構築しています。このサステナビリティは絶対条件としながらも、顧客にとっては一日身につけていて気分が上がる、アパレルとしての純粋な価値をプロダクトレベルで突き詰めて、靴やバッグを提供しています。

 消費者の購買行動の最先端に立ち、変化に適応していく動きと、プロダクトや店舗など、自らのブランドのあり方をブラさずに磨き続けることで顧客との結びつきを強める動き、双方の重要性が、各ブランドリーダーから語られました。分散すればするほど、守るべき領域を明確にする。それが、エージェンティック・コマース時代のブランドに求められる姿勢です。
 

システム負債の「損切り」と、垂直な「聖域」への再投資循環


 エージェンティック・コマース時代に適応しながら、同時に顧客との結びつきを深めていくための重要課題は、「水平展開で稼いだ原資を、ブランド体験の核心へ再投資する」というダイナミックな循環の構築のように感じられます。こうした中で、従来の自社ECサイト至上主義は大きな曲がり角を迎えそうです。

 これまで多くの企業が自社ECという物理的な箱を維持・改修するために多大な投資を行ってきました。その投資回収や減価償却を待つ3年、5年という期間は、エージェンティック・コマースが加速し、UCPによってあらゆる接点が買い場に進化し続ける時間軸の中で、身動きが取れない負の時間を意味します。急速な進化の時代において、既存の重いシステム縛られてコストやリソースの面で一歩踏み出せないことは、致命的な出遅れを招きそうです。

 いま、意思決定者に求められるのは、既存の重いシステムに対する冷徹な「損切り」の判断かもしれません。UCPのような身軽なプロトコルを活用し、コマース機能を外部へ水平展開できる環境にシフトし、固定費を変動費化してリソースを解放する。そして、得られた資金をAIには代替不可能な「ブランドを体現する垂直な聖域」へと注ぎ込むことのように思われます。
 
NRFの展示会場、Google UCPといち早く連携したShopifyのブース。多くの人が訪れた ※BICP 菅撮影

 NRF期間中に訪問したニューヨークの最新店舗では、店舗が単なるショーウィンドウではなく、コミュニティの発信基地であり、ブランドと顧客の間で価値観を深く共有する「居場所」へと変化していることも見て取ることができました。

 分散する顧客の買い場に柔軟に適応しながら、ブランドの「北極星」を磨き続けることで顧客との精神的な結びつきをより豊かなものにする。この振り子運動と投資のポートフォリオ思考が、AI時代にブランドが成長し続けるための新しい戦略となるかもしれません。
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