リテール・EC
NRF 2026レポート:マーケターが直面する「エージェンティック・コマース」時代の信頼、体験、そしてデータ戦略【顧客時間 奥谷孝司氏】
2026/02/13
2026年1月にニューヨークで開催されたNRF Retail's Big Showは、小売業界が「AIの実験段階」を終え、事業の中核OSとしてAIを実装する「実行フェーズ」に突入したことを決定づける場となりました。特にGoogle主導による「Universal Commerce Protocol(UCP)」の発表は、eコマースの構造を根底から覆す可能性を秘めています。
本レポートでは、マーケターがこの激動の時代を勝ち抜くために押さえるべき3つの重要ポイント——「信頼(Trust)の再定義」「AIと人間性の共存」「データ基盤の整備」——について、現地の主要セッションからの洞察を基に解説します。
本レポートでは、マーケターがこの激動の時代を勝ち抜くために押さえるべき3つの重要ポイント——「信頼(Trust)の再定義」「AIと人間性の共存」「データ基盤の整備」——について、現地の主要セッションからの洞察を基に解説します。
Google Commerce Protocol(UCP)の登場と「Trust(信頼)」の揺らぎ

奥谷 孝司 氏
顧客時間
共同CEO 代表取締役
1997年良品計画入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発して定番ヒット商品に育てる。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。 2015年10月にオイシックス・ラ・大地に入社し、COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)に就く。 2017年にEngagement Commerce Labを設立。 2018年に顧客時間共同CEOに就く。 2020年からLazuli株式会社顧問。
2010年3月早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。2021年3月一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程単位取得満期退学。著書に『マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P ✕ エンゲージメント』(共著、日経BP社)『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)がある。日本マーケティング学会理事。
顧客時間
共同CEO 代表取締役
1997年良品計画入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発して定番ヒット商品に育てる。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。 2015年10月にオイシックス・ラ・大地に入社し、COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)に就く。 2017年にEngagement Commerce Labを設立。 2018年に顧客時間共同CEOに就く。 2020年からLazuli株式会社顧問。
2010年3月早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。2021年3月一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程単位取得満期退学。著書に『マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P ✕ エンゲージメント』(共著、日経BP社)『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)がある。日本マーケティング学会理事。
NRF2026 Day1の基調講演において、GoogleとWalmartは「Universal Commerce Protocol(UCP)」を発表しました。これは、AIエージェントが異なる小売システムと通信し、発見から決済までを標準化された言語で行うためのプロトコルです。
顧客の信頼はどこへ向かうのか?
この技術革新は、マーケターにとって企業と顧客の間で構築してきた「Trust(信頼)」のあり方を根本から問うものです。消費者が「ブランドのWebサイト」ではなく、信頼する「AIエージェント(ChatGPTやGeminiなど)」に買い物を委任する「Agentic Commerce(エージェント型コマース)」が台頭しています。つまり顧客の買い物体験における、信頼するべきものや本物であるかどうかの判断は、サービスや商品を提供している企業ではなく、AIに委ねられるのではないかという仮説が成り立ちます。
このようなAI利活用の潮流には、以下の2つの側面で信頼の揺らぎが生じていると言えます。
⚫︎企業への信頼 vs エージェントへの信頼:
顧客は「どのブランドから買うか」よりも、AIが提示する「正解(推奨)」を信頼するようになります。検索行動が「リンクのクリック」から「答えの購入」へとシフトすることで、ブランドは顧客との直接的な接点を失うリスクがあります。
⚫︎Agentic AIの信頼性:
一方で、顧客や企業側には「AIに財布の紐を握らせて大丈夫か?」という不安も残ります。AIが常に正しいという保証はどこにもないからです。

「Merchant of Record(記録上の販売者)」としての責任
この不安に対し、「The Rise of Agentic Commerce」というセッションで重要な視点が提示されました。オンライン決済サービスのPayPal、ホームセンターチェーンのHome Depot、家具・インテリア用品専門ECサイトのWayfairの幹部らは、たとえ購買の入口(Discovery & Decision)がAIエージェントに移ったとしても、「Merchant of Record(記録上の販売者)」としての責任は依然として小売企業やメーカーにあると強調しました。
⚫︎購買後の体験こそが信頼の源泉:
AIは決済を代行できても、商品を物理的に届ける(物流)、不具合に対応する(返品)、顧客の不満を聞く(コールセンター)ことはできません。WayfairのFiona Tan氏が指摘するように、特に家具のような高額商品において、配送や返品のスムーズさといった「人間的な体験」こそが、AI時代における企業の信頼を担保します。また近年欧米の小売業が注目しているロイヤルティプログラムの進化については、顧客との関係性構築こそが企業にとっての重要な無形資産となることもNRFでは議論されています。つまり、筆者が提唱している顧客時間(検討→購入→使用)の全体把握には、企業は購買体験の一部(検討→購入)をAgentic AIに任せた(奪われた)としても、購買から使用という顧客体験全体への責任は免れないのです。
⚫︎Human-in-the-loopの重要性:
つまり、買い物体験の完全な自動化(Autonomous)というのは、検討から購買意思決定、決済までは実現可能ですが、顧客体験のすべてがAIに置き換わるものではないのです。AI利活用に我々人間が最終決定に関与する余地を残すこと、むしろ企業として積極的に顧客の買い物体験に関与することが、当面の信頼醸成には不可欠です。
マーケターは、AIによる「利便性」と、企業が担保すべき「責任(履行・サポート)」を切り分けて捉え、後者の品質を徹底的に高めることが、AIに選ばれるための前提条件となると言えるでしょう。
GCPやAIの戦略的活用:最短距離だけが正解ではない
AIによる購買体験の効率化は不可避ですが、すべての買い物を「最短距離で摩擦のない状態(Frictionless)」にすることだけが正解ではありません。NRFのセッションでは、効率性とは異なる軸でのAI活用と、人間にしかできない価値創出の重要性が語られました。
「答え」ではなく「教育」を提供するAI:Ask Ralph
Ralph LaurenのAIショッピングアシスタント「Ask Ralph」は、単に商品を検索させるのではなく、ブランドの世界観を通じて顧客を「教育」する対話型AIの好例です。 Google的な「検索の拡張」とは異なり、Microsoftと組んで自社でデータを保有する「ブランドOS」のアプローチを採用しました。AIは「ネイビージャケットに合うパンツは?」といった文脈のある問いに対し、単なる商品リスト(答え)ではなく、スタイリングの提案(教育)を行います。これにより、顧客は納得感を持って購入でき、結果として返品率の低下にも寄与しています。

出典:ラルフローレンのプレスキットより
AIにはできない「感情」と「ファンダム」:Taco Bell
一方で、AIに逆行するかのような、ファストフードチェーン・Taco Bellの戦略も注目に値します。彼らは「ロイヤルティはポイントではなく、ファンダム(熱狂)である」と定義しました。 「I don't own my fans... I have to put my fans in a Taco Bell bubble.(ファンを所有するのではなく、タコベルというバブルの中に巻き込む)」という言葉通り、AIには理解できない「祭り」や「文化的な文脈」をつくり出すことで、アルゴリズムに依存しない強力な関係性を築いています。
アウトドア用品チェーンのREIやスポーツブランドのGymsharkが語るように、AIは感情を持たず、製品の使用体験を肉体的に感じることはできません。この「人間味(Human Premium)」の提供こそが、AI時代のマーケティングの差別化要因となります。
TargetとUlta Beautyに見る顧客体験の個別化と拡張
ディスカウントストアチェーン TargetはOpenAIと提携し、「Using AI(ツールとしての利用)」から「Running on AI(AI駆動型経営)」へとシフトしていくことを宣言しました。AI搭載ギフト提案ツールの「Bullseye Gift Finder」は、曖昧なニーズから最適なギフトを提案し、店舗スタッフのような接客をデジタルで再現しています。

TargetのAI搭載ギフト提案ツール「Bullseye Gift Finder」。動画はこちら
化粧品小売チェーン Ulta Beautyは先進的なデジタルマーケティング戦略の実践企業ですが、売上の80%が店舗から生まれる同社は、AIを「Beautytainment(美容×エンタメ)」を拡張するツールとして位置づけています。AIによる超パーソナライズされた提案が、店舗での体験価値をさらに高める役割を果たしています。
AI活用は「効率化(Efficiency)」と「人間性の拡張(Amplifier)」の両輪で考えるべきだとUlta BeautyがNRFで語っています。我々のAI利活用に対する重要な示唆を提示していると言えるでしょう。




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