リテール・EC

NRF 2026レポート:マーケターが直面する「エージェンティック・コマース」時代の信頼、体験、そしてデータ戦略【顧客時間 奥谷孝司氏】

 

課題は自社データの早急な整備:CDPから「商品データ」へ


 AIエージェントが買い物を代行する時代において、最もクリティカルな課題は「データの整備」です。特に、顧客データ(CDP)以上に、商品データ(Product Data)の品質が問われています。

AEO(Agentic Engine Optimization)へのシフト
 従来は人間が検索して商品を比較してくれましたが、これからはAIエージェントが数千の商品を一瞬で比較します。この時、AIが正しく理解できる「構造化データ」が整備されていなければ、その商品はAIにとって「存在しない」のと同じになります。 これを踏まえ、SEO(検索エンジン最適化)からAEO(エージェントエンジン最適化)へのシフトが必要です。成分、サイズ、在庫状況、価格などがリアルタイムかつ正確にAIに伝わる状態をつくらなければなりません。

データ・ハイジーン(データの衛生管理)
 Home DepotやWayfairは、「Data Hygiene(データの衛生管理)」こそがAI活用の基盤であると断言しています。 CDP(顧客データ基盤)は依然として重要ですが、顧客の文脈(「キャンプに行きたい」など)を理解したAIが、適切な商品をマッチングするためには、CDPの機能をAIが代替する可能性があります。というのも、多くの企業が保有する顧客データは買い物履歴であり、そこに付随する行動データが蓄積されているケースがほとんどです。もちろん3rdパーティー連携で、異業種間でのCDP連携も可能ですが、実現には相当ハードルが高いのが現状です。

 その場合、企業が競争優位を保つために注力すべきは、AIが参照する「自社の詳細な商品データ、在庫データ、そしてブランドのナレッジ(暗黙知)」の整備です。Ralph Laurenがベテラン販売員の知識をデジタル化し、AIに学習させたように、自社固有のデータを資産化することが求められます。AI利活用を本格化させる前に、自社のデータ整備を急ぐべきであることは明白です。

デジタル時代の武器:Retail MediaとMarketplace
 最後に、Agentic AIで持ちきりだったNRFでしたが、AI時代の買い物体験を支える武器として米国の小売業が整備を急ぐ「リテールメディア」と「マーケットプレイス」という、顧客体験向上に寄与する2つの現実的な解についても触れておきます。

⚫︎リテールメディアの進化:
リテールメディアは単なる広告枠の販売から、「CX(顧客体験)の一部」へと進化しています。AIが文脈を理解する中で、広告も「邪魔なもの」ではなく「タイムリーな提案」として表示される必要があります。NordstromやBest Buyのように、来店客のデータを活用し、購買行動に直結するメディア設計が求められます。こうすることで、単なるメーカーの販促の場、クーポン配布の場が、パーソナライズ化された顧客体験の向上に寄与する可能性があるのです。今後のリテールメディアの進展にも注目しておくべきでしょう。

⚫︎マーケットプレイスの役割:
 自社在庫を持たずに品揃えを拡張できるマーケットプレイスは、「Curation at Scale(大規模なキュレーション)」を実現する手段です。TargetやNordstromは、Amazonのような「何でも屋」ではなく、自社のブランド基準に合った商品のみを厳選(キュレーション)して提供する「Closed Marketplace」を展開しています。これにより、顧客の信頼を損なわずに、自社の顧客に対して優れた買い物体験を提供できるようになりますし、在庫リスクを最小化しながら、バスケット単価の向上と顧客体験の向上に寄与します。つまりAIが提案できる選択肢の幅(ロングテール)を、マーケットプレイスを活用することで広げることが可能になるのです。マーケットプレイスの活用方法もブランドごとに特徴が出ていました。
 

AI時代のマーケターへの提言


 2026年に向けて、マーケターは以下の「統合フレームワーク」に基づいて戦略を再構築する必要があります。

「データ統合 + AIオーケストレーション + 人間中心のブランド体験」

⚫︎Trustの基盤を守る:
 購買の入り口がAIになっても、購買後の「責任」と「体験」で信頼を勝ち取る。

⚫︎AIと人間を使い分ける:
 効率化できる部分はUCPやAIに任せ、ブランドの「魂」や「熱狂」に関わる部分は、人間的なアプローチ(対話、コミュニティ、店舗体験)を強化する。

⚫︎データを武器にする:
 AIに選ばれるために、商品データと在庫データを徹底的に磨き上げ(AEO)、リテールメディアやマーケットプレイスを活用して接点を最大化する。

 AIは「魔法」ではなく、整備されたデータと明確な意志があって初めて機能する「増幅装置」です。今こそ、技術の導入ではなく、顧客体験の設計図を書き直す時といえます。筆者も改めて、自身が提唱する顧客時間(カスタマージャーニー)というフレームワークを見直す時がきているように思います。これからはAIを活用しながら、いかに企業との関係性も担保できる買い物体験を設計するかが、マーケターに求められるスキルとなることでしょう。
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