顧客体験をテクノロジーで拡張する~リテール業界のDXレポート~ #02
パルコでの反省から見えてきた、DX成功のヒント【J.フロント リテイリング 林直孝】
2024/12/09
私は現在、ショッピングセンター(SC)のPARCO(パルコ)や百貨店の大丸、松坂屋などを展開するJ.フロント リテイリング(JFR)で、グループ企業のデジタル戦略推進を統括しています。この連載では、新卒で入社したパルコでの経験を中心に、SCや百貨店においてテクノロジーがどのような思想や方法論のもとに顧客体験を「拡張」し、新しい価値提供につなげているかをご紹介・考察します。
前回は自己紹介を兼ねて、黎明期から携わったパルコのWeb戦略を振り返り、変化の激しい世の中で、マーケティングにおいて真に重視すべきなのは「10 年後も変わらない価値」だとお伝えしました。今回はその価値を守るために、私も委員として参画する日本ショッピングセンター協会デジタルトランスフォーメーション委員会(DX委員会)での取り組みと、背景のひとつにもなっているパルコでの、ある「反省」についてお話ししたいと思います。
前回は自己紹介を兼ねて、黎明期から携わったパルコのWeb戦略を振り返り、変化の激しい世の中で、マーケティングにおいて真に重視すべきなのは「10 年後も変わらない価値」だとお伝えしました。今回はその価値を守るために、私も委員として参画する日本ショッピングセンター協会デジタルトランスフォーメーション委員会(DX委員会)での取り組みと、背景のひとつにもなっているパルコでの、ある「反省」についてお話ししたいと思います。
C、D、Eのバランス
DX委員会はコロナ禍の2020年に発足しました。
ある方からの受け売りなのですが、DXという概念について説明するとき、次のように考えると分かりやすいです。アルファベットの並び順でいうと、Dを挟んで前後にCとEがありますね。それぞれ「X」と繋げると「CX」「DX」「EX」となります。
CXは「Customer Experience=顧客体験価値」、つまりお客さまの体験価値を向上させること。EXは「Employee Experience=従業員体験価値」。パルコや百貨店で言えば、運営側の商業施設の社員だけではなく、店頭で接客するスタッフやテナント企業のみなさんも含まれます。こういった方たちの仕事の体験価値を向上させることです。
EX、CXの目的や方法は、会社や業界ごとにさまざまだと思いますが、CXばかりを重視してEXを向上させないと、結果として新しい価値創造が生まれにくいというのは、小売業界でも共通して言えることだと考えます。デジタルの力を借りてこの2つを改革し、そこで生み出された力が新しい価値創造に発揮されるのがDXです。DXは、それ自体がゴールではないことに注意が必要です。
私が所属するJFRグループは2030年に目指す姿として「価値共創リテーラー」を掲げています。ステークホルダーと共に①感動共創②地域共栄③環境共生の3つの価値を生み出すために、当社グループの百貨店とSCが立地するエリア、顧客基盤、そして商品・サービスにおいてグループシナジーを最大限に創出しようというものです。
この実現のために今、優先的に取り組もうとしているのがEXです。JFRグループは、元々は大丸と松坂屋という別企業が一緒になり、そこにパルコが加わったことから、会計システムなどのグループウエアや、業務アプリなどデジタルコミュニケーションツールにばらつきがあるという課題があります。現在、この統一や連携を進めており、グループ内のシステムやデータ共有によって、社員の業務が効率化される一方で、お客さまに向けては購買状況や買い回り実態の分析の精度を上げた上で、より良いサービスへと繋げていけると考えています。
前回、SCの「10年後も変わらない価値」は、「接客によるセレンディピティの創出」だと話しました。パルコもオムニチャネルプラットフォーム「24時間PARCO」を提唱し、店頭でもWebでも優れた接客が受けられる体制構築を進めました。これによってCXが上がり、売上が上がるのだから良いことだと考えたのですが、一方で、テナント従業員のみなさんにとってはプラスの業務をお願いすることになりました。同時に、業務負担をマイナスするEXにも着手するべきだったと反省し、CXとEXの双方のバランスを取りながら改めて取り組んでいるという状況です。
ここまではJFRグループの話ですが、実は業界全体でも、同様の取り組みが進んでいます。
現在、全国の商業施設で抱える課題のひとつが人手不足です。EC関連業務やSNS、ブログ運営、決済手段の多様化など新サービスへの対応。最近はカスタマーハラスメント(カスハラ)も社会問題になっています。これらの業務負担の増加に加え、慢性的な人手不足によって店内コミュニケーションに支障が出ているケースもあります。
DX委員会が今注目しているのは現場の売上精算報告、いわゆる「レジ締め」にまつわる業務です。小売業で店頭に立った経験のある読者は、その大変さを想像していただけると思います。ショップごとの売上や商品券や支払い方法種別の内訳など、多岐にわたる報告項目。日本にはSCが約3000、ひとつのSCあたりに平均53ショップ(協会調べ)があり、それらのテナントショップでの売上精算業務を30分、営業日数360日とすると、1年間でレジ締め業務は延べ約2800万時間以上になります。コストに換算すると1000円の時給で換算しても年間約280億円相当に上り、加えて、商業施設側にも報告内容を精査する業務が生じるので、それらの業務コストは膨大になるのです。
これを限りなくゼロに近づけることができれば、閉店後早く帰宅できるだけではなく、心理的な負担軽減も含め従業員の体験価値向上に役立てることができます。DX委員会ではEX向上を業界全体で取り組む課題であると位置付け、特にレジ締めの負担はデジタルの力で解決していくための議論を重ねてきました。軸となるのが標準化・簡素化・システム化です。