マーケティングカンファレンス「ダイレクトアジェンダ」や「リテールアジェンダ」などのカウンシルメンバーを務めるマーケターの藤原義昭氏が、7月9日、ヘラルボニーの「リテール戦略アドバイザー」に就任した。

 へラルボニーは、国内外の障害のある作家や福祉施設とライセンス契約を結び、アートをプロダクト化するブランド「HERALBONY」を運営する企業。「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、障害のイメージ変容と、福祉を起点とする新たな文化の創出を目指している。フランス・カンヌで6月16日~20日に開催された世界最高峰のクリエイティブの祭典「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル(カンヌライオンズ)2025」において、グラス部門(Glass: The Lion for Change)でゴールドを受賞したことでも話題になった。

 これまでリユース市場やアパレル市場において、マーケティングとデジタル領域を中心に事業成長を実現し、業界の発展に貢献してきた藤原氏。今後、「HERALBONY」の成長ドライバーとなる要素や仕組みを見出すための助言を中心に、包括的な支援を行っていくという。就任にあたり、藤原氏本人と、ヘラルボニー 代表取締役 Co-CEOの松田崇弥氏に、短期~中長期のミッション・構想について聞いた。
 

藤原氏をアドバイザーに迎え、リテールビジネスを本格化

 
藤原義昭氏
株式会社300Bridge
代表取締役

 ラグジュアリーリユーストップ企業であるKOMEHYOでマーケティング、IT、マーケティングの役員を務めたのち、ユナイテッドアローズでは執行役員最高デジタル責任者としてPRなどを含めたマーケティング、CRMやデータなどデジタル化を推進しV字回復に大きく貢献したのち、PEファンドにて投資先のデジタル、マーケティングを同時に推進。現在はBX(Business transformation)専門アドバイザリー〈株式会社300Bridge〉代表として、戦略・組織・データを束ね“稼ぐ仕組み”を設計から課題に応じ最適ケイパビリティを編成し伴走している。

ー リテール戦略アドバイザーとしての藤原さんの役割、短期~中長期のミッションについて教えてください。

 2025年1月からへラルボニーに関わり始め、この度あらためて「リテール戦略アドバイザー」に就任することになりました。Eコマース/リアル店舗(2025年3月に初の常設店舗「HERALBONY LABORATORY GINZA」をオープン)からなるリテール全体はもちろん、プロダクトづくりにも関与していきます。カウンターパートは、経営者である松田崇弥氏・文登氏および役員陣、そしてリテールチーム(マーケティングやプロダクト開発の機能も包括)です。

 これまでは、障害のあるアーティストが描いたアート作品を企業が商品や仮囲い、ラッピングなどに活用できるようライセンス提供する「アートライセンス」や、ホテル・オフィスなどに向けてアーティストの作品を取り入れた空間を提供する「空間デザイン」など、BtoB事業が強かったへラルボニー。ブランドの世界観やユニークネスをプロダクトに乗せて届けるBtoCのリテール事業は、同社にとって未知の領域です。

 そのリテール事業を本格化していくにあたり、事業の全体戦略はもちろん、現場レベルの細かいこと、たとえば「レジはどんなふうに選べばいいか?」といったことを含め、戦略から戦術、実行まで包括的にサポートします。

 BtoB事業とBtoC事業を接続しながら、へラルボニーの取り組みや生み出す価値を世の中全体に広げ、へラルボニーという存在を未来の「スタンダード」にしていきたいと考えています。
  
 

 数年先を見越した計画こそあるものの、スタートアップだからこそアジャイルに動かしてその時の状況に合わせた動きができますし、そうすべきだと考えます。特にリテールビジネスは、決まった“お作法”があるようで、同時に変数も非常に多いビジネスです。

 その中で、いかに顧客とつながり、いかに購入・再購入してもらうか。いかにへラルボニーのユニークネスを理解してもらい、ファンになってもらって、商品がたくさん売れる状況をつくるか。やるべきことも、やりたいことも、やれることも膨大で、とてもワクワクしています。

ー へラルボニーという企業・ブランドの可能性の広がりについて、外部パートナーの立場からどのようにご覧になっていますか。

「HERALBONY」の商品って、持っていると不思議と会話が弾むんですよね。たとえば名刺入れひとつとっても「それ、HERALBONYですか?」と、商品を起点に豊かな会話が生まれる。そんな稀有で魅力的な商品を持つ企業なので、可能性が大きいのか、あるいはめちゃくちゃ大きいのか、良い意味で「よくわからない」んです。

 こんな会社は他になく、ある意味「社会実験」でもあると思っています。障害のある方によるアート作品をIPライセンス化して多様な事業を展開するビジネスモデルや、多くの企業が障害者支援や共生社会を意識した取り組みに参画しやすい仕組みづくりなど、様々なことを初めて社会実装する会社です。

 そこでは、今まで私が経験してきたリテールマーケティングが通用する部分もあるでしょうし、通用しない部分もたくさんあると思います。

「こうするといい」という教科書的なことをやっても、大きく跳ねることはないんですよね。施策ベースの再現性は担保できますが、世の中を大きく動かすとか、一つの会社を成長させるとか、そうした大きな成果に到達することはできません。

 施策は、組み合わせやタイミングひとつで結果が大きく変わります。世の中の変化に対応するのか、さらに先手を打つのかを都度考えながら、柔軟に思考・実行していかなければと考えています。スタートアップの可能性を最大限に広げられるかどうかは、その動きが肝になると思います。
 

「意味」をつくり、プロダクトを含む顧客接点に実装することが、事業成長に不可欠


ー リテール戦略アドバイザーとしての今後の挑戦について、特に楽しみなポイントがあればお聞かせください。

 今の時代のプロダクトは、「意味」があるか/ないかによって価格差が生まれます。

 たとえ経済的余裕があっても、まだあまり知られていないブランドのアイテムを買うことはハードルが高いもの。HERALBONYのシャツはなかなか高価ですが、お店に来て話を聞くと、不思議と買う気になってしまうんですよね。それは、「意味」のあるプロダクトをつくり出せているからだと思います。

「アートがデザインされていてかわいい」「素晴らしいアーティストを応援したい」「商品を持っていると、よく人から褒められて嬉しい」「商品をきっかけに会話が弾んで新しい世界が見えた」ーー様々な人にとっての、様々な「意味」を乗せられるプロダクトだからこそ、リテールの経験が長い私から見ても「こんな価格で買っていただけるとは」と驚くような価格をつけることができます。

「意味」をつくり、それをプロダクトに乗せることができるかどうかは、へラルボニーに限らず、今の時代に企業が成長していく上で不可欠な要素だと思います。リテールにおいては配荷ももちろん大事ですが、それをきちんと行った上で、そこに大きくレバレッジをかけられるのが「意味」です。

 現時点のへラルボニーに不足していることは、プロダクトに乗った「意味」の広がりです。「意味」はつくれているし、プロダクトにも乗せられているんだけれど、広がりがまだまだ浅く、一部の人にしか理解されていません。これから色々なメディアに出て多くの人に知られていったり、プロダクトがたくさんの人の手に渡っていったりする際に、いかに「意味」をきちんと理解してもらうかが、今後重要になってきます。

 その観点で言うと、「意味」をつくるのはもちろん、すでに存在する「意味」をEコマースやリアル店舗といった自分たちのプラットフォーム上に実装することも同じくらい重要で、非常に面白いところです。プロダクトそのものはもちろん、発信するコンテンツ、店舗のつくり方、店頭での商品の並べ方…あらゆる顧客接点に意味を実装するんです。
 
2025年3月に初の常設店舗「HERALBONY LABORATORY GINZA」をオープンした。
  


 たとえば銀座の店舗はギャラリー併設なので、「どういう順番で回ってもらうと、お客様が一番喜んでくださるんだろう?」と考えることができます。商品を見てからアートを見てもらうのか、アートを見てから商品を見てもらうのか、その順番によってお客様が受ける印象はまったく異なるものになります。その導線設計はもちろん、来店する前に広告で何を見てもらうか、来店後にどんな体験をしてもらうかなど、まだやっていないことが山積みです。

 カンヌライオンズ2025での受賞は、「コミュニケーションの仕方を変えることで、より多くの人にブランドの価値を認めてもらうことができる」ということの証明になったと思います。カンヌという場に出て行って、へラルボニーが事業を通じて生み出している「意味」を(松田)崇弥さんが伝え、その「意味」が広告業界という一つの業界で認められ、高く評価されました。一般消費者に向けても、コミュニケーションの仕方ひとつで「意味」がしっかりと伝わるはず。これからの事業拡大に向けて、確かな追い風になったと思います。
  
へラルボニーは、カンヌライオンズ2025にて、世の中の不平等を平等に変えていくことを目的とした「グラス部門(Glass: The Lion For Change)」のゴールドを受賞した。
  
会期中の6月17日には、ヘラルボニー代表取締役の松田崇弥氏と、ヘラルボニー契約作家の小林覚氏が、電通 コピーライター/クリエーティブディレクターの長谷川輝波氏とともに公式プログラムの電通セミナーに登壇した。

 へラルボニーの事業の社会的意義に共感する人は多いはず。でも、「では買いますか?買いませんか?」と問われたら、「いえ、結構です」となる人が少なくないのが実情だと思います。

 これからは、へラルボニーの「意味」と、ファッションアイテムそのものの魅力をしっかり接続していくことが重要だと考えています。初めての人が見ても「素敵だね」と感じ、値段を見ても「ぜひ欲しい」と思っていただけるプロダクトをつくっていく、そこにチャレンジしていきます。ここ半年ほどの間にファッション業界からも経験豊富なメンバーが複数ジョインし、彼らを中心に急速にレベルアップしているので、ぜひ楽しみにしていただきたいです。

 商品がたくさん売れるということは、社会実装できていること、多くの人に認められていることの一つの証になります。販売数や売上といった数字にも、こだわっていかなければと決意を新たにしています。