「広告維新伝」 広告人生43年とインターネット広告30年史 #07
広告維新伝【第7回】キリンカルチュアクラブで経験した、ネット登場以前のダイレクトマーケティング
2026/06/12
「アサツーは何してくるか分からないから嫌だ」
「アサツーは何してくるか分からないから嫌だ」
電通のHさんとバンドを組んでいた僕は、彼からこう言われた。電博に真っ向から立ち向かっても勝ち目はないので、アサツーはアニメやマラソンイベントなど“搦め手”を開発しては売上を伸ばしていた。営業の強さもあって、競合には嫌がられただろう。
ただ今思うと、それは「怖さ知らず」の営業マンによるものだったと思う。「怖さ知らず」の実態ついては、また別途話そう。
僕がアサツーの入社試験に臨んでいたのは、アサツーの売上ランキングが9位から7位になったころだった。入社すると7位から5位になり、3位となり……と面白いように売上が増えていった。
残業代は出ないが、“ドラえもん景気”(編集部注:国民的人気アニメ「ドラえもん」の放送開始=1979年を機に、空前のキャラクタービジネスブームが起こった)で、ボーナスは入社3年目で年間13ヵ月分(夏5.5ヵ月、冬5.5ヵ月、創立記念日に2ヵ月)というすごいことになっていた。まあ残業代をカウントしたら、このボーナスでも当たり前だったかもしれないが……。
第5回で書いたように、アニメに関しては、僕はエポック社さんを担当したことで、商品開発から携わる経験もできた。

エポック社担当として商品開発に携わったシルバニアファミリー ※画像は生成AIで作成
入社2年目からはキリンさんや資生堂さんを担当できた。これは僕にとって、その後のアドパーソン人生を形成する上で特別なことだった。
ナンバーワンブランドを担当させてもらえるということは、本当に恵まれている。しかもこの時代(バブル期前後のクライアントにすごく余裕のある時代)はいろんなチャレンジができた。
特にキリンさんを担当できたことは、僕の広告屋人生で最高の経験だったと思う。当時キリンさんのシェアは60%ほど。「あんまり派手なキャンペーンばかりやると、上から分割論とか出ちゃうからさ」と何度もクライアントから聞くことになる。
しかし有難いことに当時のキリンさんは実の余裕があって、縁あって担当になった代理店の営業を育てようとしてくれた。それが、「いずれに自社に返ってくるだろう」と考えてくれていたのだ。
インターネット登場前に経験した、ダイレクトマーケティング
入社2年でキリンさんを担当できたのだが、当時のアサツーのメインの扱いは「KCC(キリンカルチュアクラブ)」、つまり広報事業からスタートしたダイレクトマーケティングだった。 毎年ひとつ、計10年間にわたって「キリンオリジナルビアマグ」をヨーロッパの名窯で焼いて、頒布していく。ドイツのマイセンに始まり、ウェッジウッド、リチャード ジノリ(現 ジノリ1735)、ロイヤル コペンハーゲン……どれもひとつ数万円はするものだ。コレクションしたい会員が数万人集まっていて、たしか会員番号007は俳優の石坂浩二さんだったように記憶している。
会員たちは単にモノが欲しいのではなく、その背景にある文化的ストーリーを消費している。こうした会員に毎年ビアマグをひとつずつ売るのでは勿体ないから、その他にも商品開発をしていく。名窯を巡る旅行プランはもちろん、さまざまな商品を企画していた。
僕はすでに仕組みが出来上がっていたところに、後から営業担当として入っただけだが、商品ありきで特定多数に買ってもらうプロモーションではなく、「買い手ありきで、その特定の顧客に対して売り物を開発する」という逆のモデルに関わったのは本当に勉強になった。まだ80年代半ば。ダイレクトマーケティングが、まだまだこれから熟していく段階だ。
もしかすると、インターネットを使えばこそのこうしたマーケティングを、アナログで苦労していたから、インターネットが楽しくて仕方なかったのかもしれない。
当時のツールは、基本的には印刷物を郵送するDM(ダイレクトメール)だ。何を工夫するかというと、開封させるギミックとかだから、インターネットがコミュニケーションツールとなればダイレクトマーケティングはこの上なく面白い。80年代にダイレクトマーケティングに携わって苦労した経験が、インターネットへの取り組み意欲につながったのだろう。
ネットを使った最初のビジネスは広告だったと第3回で述べた。DACもネット広告のメディアレップというビジネスで始まって、メディア事業も模索した。しかしメディア事業とはいえ、収入モデルは広告であることは変わらない。
本当はビジネスモデルの広がりは大きくあったはずだが、僕らはそこには手が出なかった。端から「広告屋が手を出す領域ではない」と線を引いていた。今思えば、そこがダメなところだった。
決められた狭いビジネス環境から新しい世界に踏み出す時、案外「新しいことをしているのだから、それでいいのだ」と勝手に決めていることは多い。また「これはやらない」と無意識に決め込んでいることも多い。
僕は新たな世界に踏み出したのだからこそ、広告ビジネスの殻を破っていけばよかったと思う。せっかく広告代理店の立場から、ダイレクトマーケティングで、キリンカルチュアクラブの会員に対して商品開発なんてしていたのに。せっかくあんなに早く、インターネットに関わっていたのに。




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