テクノロジー
AI技術によって深まる、企業の顧客理解・消費者理解・人間理解 ーBrox.AI 創業者インタビュー
2025/10/03
Brox.AIは、実在の人物のように思考し反応するデジタルツインを生成して、実際の人間の行動を忠実に再現し、意見・意思決定を高い精度で予測するサービスだ。デジタルツインの集合体に対してマーケティングリサーチを行うことで、従来のリサーチにつきものだったリスクやコスト、時間を低減し、実験やヒアリング、アイデアのテストなどを実質的に無制限に行うことができる。現在、フォーチュン500に名を連ねる米国企業が、ビジネスの重要な意思決定に同サービスを活用しており、日本企業での導入も進んでいるという。
なぜ、マーケティングリサーチに特化したAIソリューションが生まれたのか? 米国企業と日本企業におけるAIソリューションの活用の違いとは? Brox.AIが見据える未来とは ? 創業者であるHamish Brocklebank氏に話を聞いた。
なぜ、マーケティングリサーチに特化したAIソリューションが生まれたのか? 米国企業と日本企業におけるAIソリューションの活用の違いとは? Brox.AIが見据える未来とは ? 創業者であるHamish Brocklebank氏に話を聞いた。
目指すのは「組織のあらゆる意思決定に、顧客が適切に関与する世界」
ー あなたはこれまでに複数のスタートアップを立ち上げてこられました。直近のチャレンジとして、Brox.AIを開発しようと思ったきっかけは何ですか?
私は、インサイト(洞察)に情熱を注いでいます。企業や政府など、あらゆる組織が消費者を深く理解することが非常に重要だと考えており、それを実現する手段の一つがマーケットリサーチです。
Brox.AIが目指すのは、マーケットリサーチを誰にとっても、これまでよりはるかに安価に、迅速に、そして簡単に行えるようにすることです。AIというテクノロジーが、ようやくそれを可能にしてくれました。最終的に実現したい夢は、「組織が行うあらゆる意思決定に、その決定によって影響を受ける可能性のある人々(顧客、一般消費者)が関与できるようになること」です。それはまさにマーケットリサーチで行われてきたことそのものであり、テクノロジーの進化を背景に、ますます多くの決断に人々の意見を取り入れることが可能になってきていると思います。
Brox.AIを立ち上げる前は、Portent.ioというデータ分析プラットフォームを開発・提供する会社を起業し、2018年末にそれをリサーチ会社のYouGovに売却。その後の数年間は、YouGovでさまざまなプロダクトを開発し、世に送り出しました。しかし、新しい会社を立ち上げたほうが、先ほどお話しした夢をより早く実現できると考え、Brox.AIの立ち上げに至りました。

Hamish Brocklebank氏
Brox.AI
CEO 兼 共同創業者
Brox.AIのCEO兼共同創業者。実在する人々のデジタルツインを生成し、即時の消費者インサイトを提供する、「人間を理解するAI」を構築している。連続起業家である彼は、イギリス出身で現在はサンフランシスコ・ベイエリアを拠点としている。以前はデータ分析プラットフォームのPortent.IOを立ち上げ、YouGov社に売却。その後数年間にわたり、同社のイノベーションパイプラインの構築に取り組んだ。Hamishは特に、日本およびAPAC地域におけるBrox.AIの成長に大きな期待を寄せており、定期的に東京を訪れることを楽しんでいる(日本語はまだ勉強中)。複数のスタートアップを創業する前は、大学で物理学を専攻。仕事以外では、2人の幼い子どもを育てたり、音楽を演奏したりすることを楽しんでいる。
Brox.AI
CEO 兼 共同創業者
Brox.AIのCEO兼共同創業者。実在する人々のデジタルツインを生成し、即時の消費者インサイトを提供する、「人間を理解するAI」を構築している。連続起業家である彼は、イギリス出身で現在はサンフランシスコ・ベイエリアを拠点としている。以前はデータ分析プラットフォームのPortent.IOを立ち上げ、YouGov社に売却。その後数年間にわたり、同社のイノベーションパイプラインの構築に取り組んだ。Hamishは特に、日本およびAPAC地域におけるBrox.AIの成長に大きな期待を寄せており、定期的に東京を訪れることを楽しんでいる(日本語はまだ勉強中)。複数のスタートアップを創業する前は、大学で物理学を専攻。仕事以外では、2人の幼い子どもを育てたり、音楽を演奏したりすることを楽しんでいる。
ー 競合サービスと比較したBrox.AIの強みは何だとお考えですか?
従来型のマーケットリサーチ会社を競合と捉えた場合、私たちの強みは「インサイトあたりのコストが低いこと」にあります。つまり、より多くの質問を投げかけ、より速く回答を得られるのです。
これにより、PDCAサイクルを迅速に回し、得られたインサイトを既存のビジネスワークフローにスムーズに統合することができます。また繰り返しテストできるため、組織内のより多くの人が、エンタープライズ向けに求められるレベルの規模・品質・信頼性のインサイトにアクセスできるようになります。
一方、他のスタートアップやAI企業を比較対象とした場合は、競合はもはやマーケットリサーチ会社だけに留まりません。ChatGPTやAnthropicを含め、意思決定のための情報源となるあらゆるサービス・プラットフォームが競合と言えるでしょう。
この競争においては、予測精度が重要です。私たちは多額の投資をして、詳細なインタビューを行った実在する人々のパネルの上にAIプラットフォームを構築しました。パネルに含まれる個人には、標準で5-6時間、長い場合は30時間以上のインタビューを行い、彼らの人生やキャリア、好きな製品・サービスなど、広さ・深さともに十分な情報を聞き取っています。こうして取得した非常にリッチな独自データを活用することで、「質問にどのように回答するか」「どんな製品・サービスを購入するか」など、人々がどのように行動・意思決定するかを正確に予測することができるのです。
要するに、私たちの強みは、実データに基づいて構築した「確固たる根拠のあるAIモデル」です。私たちのデジタルツインは、私たちが「F1スコア」と呼ぶ、非常に高い予測精度を実現できます。具体的にいうと、デジタルツインと実在の人物が同じ答えを出す割合が平均で84-85%と高く、場合によっては90%以上をマークします。既存のマーケットリサーチ会社には得難い、リッチかつ堅牢なデータセットです。
もう一つ強みを挙げるとすると、AI技術を基盤とした企業として、製品のみならずすべてのビジネスプロセスにAIを組み込んでいることです。例えばカスタマーサポートひとつとっても、非常に高度なAI技術に支えられていて、顧客に対して最適なサービスをスピーディに提供できます。
ー そうした強みをさらに強化するために、どのような取り組みをされていますか?
大きく3つの取り組みを行っています。
1つ目は、すべてのデータを定期的にバックテストしている点です。同じ実在の人物に対してテストを重ねながら、メトリクスや精度スコアを見直しています。基本的に毎週レポートを作成しており、どの分野で正確に回答できるか、逆にどの分野が苦手なのかを把握しています。例えば、政治に関する質問ではどのようなデータやプロンプトであってもあまり良い結果が出ませんが、購買行動や価格感度に関する質問では非常に高い精度が得られます。こうした継続的な検証により、私たちの製品をどこで活用すべきか、また現時点で活用が難しい領域はどこかを、顧客に明確に伝えることができます。
2つ目は、実在する個人から構成される高品質なパネルを維持することです。私たちは、積極的にパネルに参加してくれる人をリクルートするために、ソーシャルメディアのインフルエンサーを活用した仕組みを確立しました。これにより、信頼性の高いパネルを維持できており、Brox.AIの基盤データとして重要な役割を果たしています。
そして3つ目は、優秀なデータサイエンスチームの存在です。彼らはアルゴリズムやAIモデルの開発など、私には到底理解できないほど高度な技術を駆使し、アウトプットの品質を常に向上させています。
ちなみに、Brox.AIに関わるメンバーの約半数は、AI製品の開発に取り組むエンジニアです。共同創業者兼CTOもその一人ですね。そして残りの半分は、私自身を含め、ほとんどがマーケットリサーチを含むマーケティングのバックグラウンドを持っているメンバーで構成されています。出身企業はYouGov、電通、デロイト デジタルなどさまざまですが、メンバー全員が起業家精神に溢れているのは特徴の一つかもしれません。
日本企業はアメリカ企業より、AIソリューションの導入スピードが速い
ー AIソリューションの本格的な活用に踏み切れていない企業も、まだ少なくありません。この現状について、どのように見ていらっしゃいますか?
AIソリューションを導入しない企業は、今後、市場シェアや収益性を損なう可能性が高いと思います。私自身の見解としても、また市場の動向を見ても、2024年はAIを「試す」段階だったのが、2025年は実際にAIを「導入する」段階に入ったと感じています。ほとんどの企業が、AIソリューションの導入は避けて通れないと認識しているでしょう。
ただし、市場がまだ成熟していないため、現在存在するAIソリューションの約8割はビジネスに十分なROIをもたらさないと考えられます。どんなソリューションをどれくらいの投資で導入するかは、慎重な見極めが欠かせません。それでも、何もしなければ競合に後れを取ってしまいます。逆に、AIを活用して意思決定をより速く、効率的に行える企業は、複利的な成長効果を享受できるでしょう。
実は、他社のAIサービス導入について相談を受けることもあるんです。本来は私たちの業務範囲外かもしれませんが、これまで数多くの企業がさまざまなAIソリューションを導入するのを間近で見てきた経験を活かして、喜んでアドバイスしています。もっとも、これはあくまで補助的な取り組みです。もし中核サービスとして展開したら、大きな収益源になるかもしれませんね(笑)。
ー 日本の市場についてお伺いしたいです。グローバル市場と比較して、日本企業のAIソリューション導入状況に、特徴はありますか?
非常に興味深い事実なのですが、概して、日本企業はアメリカ企業よりもはるかに速いペースでAIソリューションを導入していることがわかっています。
ベンダーやソリューションを比較・評価するのに多くの時間を費やす一方で、いざ実際に導入する段階では成功率が高いのです。また、もちろんすべての企業というわけではありませんが、日本企業はAIソリューション導入への意欲が強い傾向があり、多くのアメリカ企業よりもはるかに進んでいると思います。東南アジアの企業にも同様のことが言えますね。
新しいテクノロジーを導入する能力は、アメリカ企業よりも日本企業のほうが優れており、スピードも速いと言えると思います。しかし、日本の市場全体を見れば、そういう企業はまだ少数派です。今後は、私たちが市場への理解を広げ、学びの機会を提供していくことも大切だと考えています。
ー Brox.AIを導入した日本企業の成功事例をお聞かせいただけますか?
具体的な社名を明かすことはできませんが、3つほど事例をお話しさせてください。
1つ目は、グローバルで事業展開する大手インターネット企業との協業です。検索分野で多くの事業を展開している同社に対し、多様な製品や機能、そして何百もの広告を対象に、従来のマーケットリサーチの10-100倍のスピードで、日本の人口の相当な割合をカバーする形でテストを行いました。
2つ目は、大手銀行との取り組みです。同行が検討していた複数の製品バリエーションを短期間で評価し、ラインナップ全体の理解を深めるサポートを行いました。ここでも、スピードとテスト量の多さが大きな成果につながりました。
3つ目は、大手メディアエージェンシーとの協業です。特定の製品に興味を持つ、これまで把握できていなかったオーディエンスを発見するサポートを行いました。何千ものオーディエンスに対して効率的にテストを繰り返すことで、最適なターゲット層を特定することに成功しました。
消費行動に留まらない、人間のあらゆる行動を予測可能に
ー Brox.AIを、今後どのように進化させていきますか? 将来的に、Brox.AIの事業スコープをマーケットリサーチ以外に拡大する計画はありますか?
まず、直近のロードマップとしては、現在のプロダクトのまま、特に高い需要が見込まれる東南アジアおよび中東エリアに事業展開を広げていく予定です。
次に、プロダクトの進化について。プロダクトに対する私の基本的なビジョンは「あらゆる組織内の、誰もが使えるツールキットの中の一つのツール」になることです。今ChatGPTがそうであるように、誰もがアクセスして、気軽に質問し、即座に信頼できる答えを得て、それに基づいた意思決定ができるようにしたいと考えています。その理想に向けて、プロダクトを継続的に磨いていきます。
さらに、その先の構想もあります。私たちは、個人レベルのシミュレーションに留まらず、人口全体をシミュレーションし、「外部要因に対して社会がどのように反応するか」を再現することを目指しています。個人の消費行動だけでなく、さまざまな種類の社会的行動や変化をシミュレーションできるようにしたいのです。
少し突飛に聞こえるかもしれませんが、私には、世界そのものをシミュレーションできる「世界モデル」を構築するというビジョンがあります。Brox.AIのサービスが「世界の頭脳」のような存在となり、人々や国がさまざまな状況下でどのように行動するかを再現できるようにするということです。OpenAIが、誰もが使える知能ツールとしてChatGPTを構築しているように、私たちは「人間の行動に関する知能」を誰もがアクセスできる形で提供したいと考えています。