ミレニアル世代の旗手たち 徳力基彦インタビュー企画 #12

デジタル時代に「新聞社」をどう残すか。ネットメディアから移籍記者 朽木誠一郎の考え

前回の記事:
「ネットメディアの将来が見えない状況を何とかしたい」 医学部出身、新聞社記者・朽木誠一郎の怒り
異色のキャリアを持つ、朝日新聞社 記者・編集者の朽木誠一郎氏。医学部を卒業しメディア運営会社で編集長に就任、その後、編集プロダクションで記者・編集者としての腕を磨き、BuzzFeed Japanで医療専門記者を経験。現在は、朝日新聞社デジタル編集部に所属し、同社が運営するメディアwithnewsや、社内のデジタル領域で活躍しています。前編に続き、ミレニアル世代を代表する記者に「メディア企業で働くことの現在」について話を聞いたインタビューの後編をお届けします。
 

ネットメディアの「生きる道」を開拓する


徳力 朽木さんは、今は朝日新聞のニュースサイトwithnewsに所属されていますよね。具体的には、何を担当しているのでしょうか。

朽木 
今はwithnewsで企画・編集をしたりイベントを主催したりといった編集者業と、記事を執筆する記者業をしながら、並行して編集プロダクションにいた経験を生かして、withnewsに併設する受託制作チームを立ち上げました。

徳力 
どのような受託制作でしょうか。

朽木 例えば、朝日新聞には、ナショナルクライアントとコラボレーションしてつくっているメディアが複数あります。私はあくまで編集側の人間なので、対外的なビジネスには関わりません。一方で、そのようなメディアのメインは編集記事であり、その制作を担う部門に対して企画の提供、編集部体制の構築、デスク作業などをしています。

朝日新聞社に蓄積された従来的な編集のノウハウと、withnewsというウェブメディアで成功してきたノウハウを掛け合わせて、社内コンサルのように関わる。ウェブの知見により大きく成果が上がる事例が多くあり、こうした受託制作でも結果的にメディアの売上にも大きなインパクトを出せることがわかりました。

無料広告モデルのメディアに受託制作チームを併設するのは決して珍しくないことですが、新聞社だと社内取り引きでも十分に売上が立ち、かつ営業側も新規の案件を獲得しやすくなり、経済が回るのが面白いところかと。
朽木誠一郎 氏
朝日新聞社 デジタル編集部 デジタルディレクター
ライター・編集者。1986年生まれ。2014年3月に群馬大学医学部医学科を卒業。2014年4月にオウンドメディア運営企業に入社。同年9月に編集長に就任し、サイトグロースを担当。2015年10月に編集プロダクション・有限会社ノオト入社。記者・編集者として基礎からライティングや編集を学び直す。2017年4月にBuzzFeed Japan News入社、2018年3月に単著『健康を食い物にするメディアたち』を出版。2019年3月に朝日新聞に移籍、引き続きwithnewsなどのウェブメディアで記者・編集者として活動する他、朝日新聞社デジタルディレクターに就任。

徳力 ユニークな試みですね。企業はこれまで、お客さんにコミュニケーションするためにメディアの広告枠を買っていましたが、今はメディアそのものをつくれる時代。そこにメディアの編集者が入っていくのは、自然な流れだと思います。ある意味、メディアをスケールさせる仕組みを企業に提供しているわけですよね。

朽木 そうです。企業が社会的なメッセージを発信するのは、世界的なトレンドです。ウォール街の象徴である雄牛の銅像の前に、腰に手を当てて睨みつけている少女像「Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)」を置いて、金融業界の女性役員の少なさなどを訴えたプロジェクトがありますよね。

同じように、自分たちの社会的メッセージを発信したいナショナルクライアントやラグジュアリーブランドは、すごく多いと感じます。その支援をすることで、編プロ的な制作費の相場である1本数十~数百万円から、将来的には1プロジェクトあたり数億円レベルにまで伸ばすこともできると思っています。コンテンツによる課題解決は今後、新聞社という存在に期待される役割になるのではないかと。

徳力 先ほどから、朽木さんが「広告に直接関わらない」と言っているのは、新聞社として広告と編集を分離する必要があるからですよね。
徳力基彦 氏
アジャイルメディア・ネットワーク アンバサダー/ブロガー
ピースオブケイク noteプロデューサー
NTTやIT系コンサルティングファームなどを経て、 2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視する アプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より取締役。2019年6月末で退任、7月から現職。同月、ピースオブケイク noteプロデューサー/ブロガーにも就任。

朽木 その通りです。編集と広告の分離は新聞社の基本的な考え方なので。一方、そのために、ねじれてしまっていることもあって、それは例えば新聞広告です。編集と広告が完全に分離していることで、編集側から見れば問題のある本でも、広告側が気づかずに掲載してしまうことがあります。

ブランドセーフティーの観点からは、編集と広告がコミュニケーションを増やすことで、こうした事態を防げると言えるかも知れません。少なくとも、SNSなどのプラットフォーム上では、そのコンテンツが編集によるものか、広告によるものかの区別なく、新聞社のコンテンツとして評価されますから、こういうことが起きると誰も得をしないので。

徳力 
なるほど。編集と広告の分離は、倫理的なポリシーとしては当然あるべき姿勢だと思いますが、分離を意識するあまり、自縄自縛(じじょうじばく)になっている面はあるのかもしれません。

朽木 
私が朝日新聞社に入社してまず何をしたのかと言うと、とにかく現場の人たちと飲みに行きました。「どんな課題がありますか」と聞いて、「こういう課題があるんだったら、こんな取り組みできませんか」と。
 

編集と広告の間で挑戦する


徳力 
編集と広告の分離は、昔からあるテーマです。朽木さんの活動は、社内的には問題ないわけですよね。

朽木 
きちんと線引きをすることが大事だと思います。今回の取り組みにあたっても社内で議論を重ねて、今の形に落ち着きました。もちろん、編集側は徹底的にビジネス的な視点から距離を置くべきと主張する人もいるかもしれません。

一方で、デジタル時代のメディア運営は前述したように少数精鋭が勝ち筋で、大規模なメディアの運営は厳しさを増しています。それでも生き残るためには、編集側にも新聞社の価値を最大化するポジションの人間が必要だと私は思います。

徳力 
そのあたりは、媒体社ごとに基準が違いそうですね。

朽木 
出版社さんなどは企業とのコラボレーションに積極的で、共同で雑誌を出したり、イベントを開催したりしていますよね。

徳力 
グレーゾーンが広いんですね。

朽木 
「新聞社」「出版社」といった成り立ちも、すべてネット上に展開されるようになった今、やがてはその区別が読者側には意味をなくしていくと思います。もちろん受託をずっとやり続けることが目標ではなく、いろいろと新しい運営方法を試すことが目標なので、今は来年以降に取り組むいろんなことの準備をしている状態ですね。

徳力 それは、朽木さんが外部から来た人材だからできることだと思います。従来の社内のルールで育ってきた人からすると、そういう縦割りの境界線をまたぐのがなかなか難しいですよね。だからこそ、朽木さんの存在価値がすごく高いとも言えそうです。

朽木 私はあくまでも、社会問題に関わり続けるために書き続けたいんです。そのために食いっ逸れるわけにはいかない、という意識で取り組んでいます。



徳力 メディアとして、健全に運営をし続けるという話ですね。

朽木 
はい、「40代、50代のライターさんが少ない」という問題は、ずっと言われていますよね。今後はその状況が、もっと加速するのではないかと危惧しています。なぜなら紙メディアが崩壊したとき、受け皿となるネットメディアの市場規模が小さいからです。書き手が市場に飽和して、かなり荒れるだろうな、と。そのときに社会問題が発生してしまったとして、「書く場所がない」では困る。だから、今のうちからできることをしておきたいんです。

徳力 逃げ切れる、と思っている人もいそうです。

朽木 実際、逃げ切れる人もいると思います。だからこそ、僕は中間世代として上から「考えてもしょうがないよ」みたいなことを言われると、怒りを感じるんです。

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