マーケターズ・ロード 西井敏恭 #02

ドクターシーラボで得たものは、「本当の意味での顧客目線」だった。西井敏恭

前回の記事:
なぜ、これまでのスキルが使えない会社をあえて選ぶのか。 GROOVE X CMO就任 西井敏恭
 オイシックス・ラ・大地 執行役員 CMTやシンクロ代表取締役社長などを務める西井敏恭氏は、どのようにマーケターとして活躍するようになったのか。家族型ロボット「LOVOT」を開発・販売するGROOVE XのCMOに就任した背景を語ってもらった第1回に続き、第2回では20~30代のキャリアを振り返りながら、ひも解いていく。
 

西井氏の初期キャリアを振り返る


 私は、工学部土木建設学科の大学・大学院を修了したのですが、大学時代に何をしていたかと言えば、旅行が大半を占めていました。しかも、せっかく大学院まで出たのに、卒業時点で建設にあまり興味が持てないことに気づいてしまった。

 かといって、他にやりたい仕事や夢があるわけでもなく……いわゆるダメな学生だったんです。

 ただ旅行は好きだったので、とりあえず若いうちに行けるだけ行っておこうと思い、まずは1年間死ぬほど働いてお金を貯めることにしたんです。昼間は工場で肉体労働、夜は飲食店でアルバイト。土日は着ぐるみの中に入って、イベント現場で働きました。1年で辞めると決めていたし、夜や土日に時間を持て余しているとお金を使ってしまうので、とにかく仕事を詰め込んでいましたね。
西井敏恭氏/にしい・としやす
GROOVE X CMO/ シンクロ 代表取締役社長 / オイシックス・ラ・大地 執行役員 CMT。
化粧品会社にてデジタルマーケティングの責任者を務めた後、独立。オイシックス・ラ・大地で3つの部署を管轄し、シンクロでは大手企業やスタートアップのマーケティング支援を行う。著書に『デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法』(翔泳社)など。

 そうして貯めたお金で2003年、アジア・南米・アフリカを巡る世界一周の旅に出発しました。その旅の道中で、現在もシンクロで一緒に仕事をしているエンジニアと出会ったのが、最初の転機になりました。

 ブログもSNSもなかった当時、彼は自分の手でホームページを立ち上げていました。面白そうだったので、僕もインターネット上に旅行記をアップするようになり、それが後に『世界一周 私の居場所はどこにある?』(幻冬舎)として書籍化されることになります。

 大学院を卒業して2年半、キャリアは何も残っていないけれど、本は出せた。それがきっかけでインターネットを使った仕事に興味を持ち、とあるEC事業者に入社します。従業員数30人くらいの小さな会社で、いわゆる“ブラック企業”。僕が入社して1年で社員がほぼ全員入れ替わり、ずぶの素人の僕が執行役員にならないかと打診されるような会社でした(笑)。

 ともあれ、このファーストキャリアには感謝しているんです。

 時代は、Webマーケティングの黎明期。現在とはまったく異なるマーケティングルールの中、ある種「やればやるほど直接的に効果につながる」という状況下で、ECの売上に権限と責任を与えてもらい、たった2年ちょっとだったけど、徹底的にやり尽くす経験ができました。また、WEBマーケティングだけでなく、商品の仕入れから販売まで、一連の流れをすべて担当させてもらえたことも、その後のキャリアに大いに役立ったと思います。

 その後、ドクターシーラボ(以下、シーラボ)に至る前にもう1社、とあるベンチャー企業を経験します。同社には30歳のときに役員として呼ばれたのですが、入社初日に僕以外の役員同士がすでに喧嘩をしていて、リアルに椅子の投げ合いをしていた。そしたら、翌日に僕以外の役員が全員クビになっていました(笑)。



 そんな衝撃体験もあって、今だから言えることですが、「もうベンチャーはいいかな」と思ってしまったんです。もっときちんとした環境で、腰を据えて仕事がしたいなと。シーラボから声をかけてもらったのは、ちょうどそんなタイミングでした。

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