マーケターズロード 鹿毛康司 #06

「ここに鹿毛康司あり」 快進撃のエステー広告はコンテンツマーケティングだった

前回の記事:
本邦初公開。鹿毛康司が明かすマーケティングの盲点と、クリエイティブの真実
 

コンテンツマーケのパイオニアは、エステーだった


 マーケティングのカンファレンスで名刺交換すると、「御社は動画広告、コンテンツマーケティングに興味ありますか?」「SNSなどは使っていますか?」と尋ねられたりします。

 私は「ああ、それは…動画とかSNSというものに疎いもので」と口にしつつ、心の中で「あなたが生まれる前からやっているんだけどね」とささやいています。嫌な奴ですみません。

 お詫びの気持ちを込めて、今日はその心のささやきを公開したいと思います。皆さん、エステーをテレビCMがおもしろいだけの会社だと思っている人も多いでしょうが、その広告戦略の土台には、大きな意味でのコンテンツマーケティングが繰り広げられています。   
    
鹿毛康司(かげ・こうじ)1959年福岡県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、雪印乳業(現・雪印メグミルク)に入社。ドレクセル大学にてMBA取得(マーケティング、国際ビジネス)。帰国後、同社の営業改革を担当。2000年の雪印集団食中毒事件、2001年の牛肉偽装事件における被害者・マスコミ対応の前線に立つ。その後、2003年にエステー入社。15年にわたりコミュニケーション領域の責任者として活動し、戦略づくりだけでなく、プランナー、CM監督、コピーライター、作詞作曲家として独自のスタイルを築く。2011年の東日本大震災直後に手がけた「消臭力CM」は好感度日本1位を獲得(CM総合研究所11年8月)。ACC Gold、マーケターオブザイヤー(MCEI)、WEB人貢献賞など受賞。2020年かげこうじ事務所設立。

 私の使っている時間も半分以上をそちらに当てています。もしもCMが面白いだけだったら、きっと芸人さんで言う「一発屋さん」になっていたことでしょう。

 エステーで動画配信に着手したのは、まだYouTubeが生まれていない2004年頃です。Twitterが登場した翌年の2007年からは、「中の人」をはじめました。キーワードの拡散はインプレッション数で言えば、ひと月に数千万を超えたり、ヤフトピ(Yahoo!ニュースのトピックス)に最高で年5回入ったこともありました。

 最近はそこまでの大爆発はしづらくなりましたが、昨年あるキャンペーンを行った際に1800万インプレッションを獲得しています。この活動にはメディアの購入はしていませんし、その筋の会社さんに依頼しているものでもなく、ほぼエステーチームでやってきました。つまり、お金をかけていません(笑)。

 ここでは、どんな思考でやってきたかを公開しますので、何か皆さんの参考になることがあれば嬉しいです。

 私みたいな60歳になる爺さんが、どうしてその筋に詳しいかと聞かれることがあります。その答えをズバリ言いますと、今から30年前の1992年、テクノロジーにノックアウトされる体験をしたからです。まだ日本ではワープロや電卓を使っている時代に、当時30歳の私は米国に留学しました。衝撃が走りましたね。最初の授業で、「次回はこの理論をコンピューターで計算して、フロッピーディスクで提出すること」と言われたんですから(笑)。

 だって、その時の私といえば、コンピューターを使ったことも触ったこともなかったんです。その大学はAppleと契約していて、マッキントッシュ・クラッシックⅡが図書館に並び、いとも簡単に使いこなす米国人たち。その隣りでマウスの使い方から始めるわけです。クラスの学生、といっても社会人ですが、彼らとディスカッションしていると突如、携帯電話をPCにつないで会社のサーバーにアクセスしたりする人たちがいる。こんなことが、Windows95が登場する何年も前に行われていたんです。

 腰抜けましたね。これは米国に叩きのめされると思いました。しかも彼らは、その技術に溺れることなく「明確な目的を持ってテクノロジーを使う」姿勢ができていました。

 新しいツールを使ったら何かが起きるだろう、みたいな他人任せな思考ではなくて、「成すべきことがあるから、このツールを使う」んです。まあ、実際のところ、私が会えたのはごく少数人ですから、それが米国人における多数であったか、本当のところは知りませんが(笑)。

 この「ツールありきでなく、やるべきことから考える」の事例をお話します。

 10年近く前に、私は『愛されるアイデアのつくり方』という本を書かせてもらいました。ビジネス書でヒットとされるラインが、3万冊と言われるのでそれをGOALにしようと方法を模索していました。
 
 ここで、「さて、どうやって3万冊売りますか?」という問いを皆さんにすると、ほとんどの人がツールの話を口にします。有名な人に帯を書いてもらう。Twitterで口コミを広げる。中吊り広告する。店頭にたくさん並べる。CMに出演してくれていた西川貴教さんにTwitterで告知してもらう。そういう案を皆さん出されます。有名人、Twitter、中吊り、店…。それって、みんなツールじゃないですか。

 そこで私は、留学時に見た米国人の思考になろうと考えました。本の話に戻ると、自分が本を買うとき、どう買っているのか、から思考を巡らせました。
そうして考えてみると、どこかで見つけた本が話題になっているかどうかで購入を決めていることが分かりました。本屋には行かないのに、Amazonで気になる本を見つけてコメントを見たりはするし、その後、その本をテレビや雑誌などで見たら確実にポチっているなと思考しました。いわゆるカスタマーエクスペリエンスって奴です(笑)。

 だとすると、まずはある程度の実績があり、どこかで本を知った人がAmazonでポジティブなコメントを見て、心動いて購入してくれるという構図をつくるのはどうか、と考えたんです。

 そこで、本屋に出向いて、自分の本を買いに行きました。出版社から著者割引きで安く買うのでなく、リアルな本屋で実際に買うことで実績をつくろうと思いました。同時に自分のTwitterのフォロワーさんに本を紹介しましたが、そこには講読や拡散の依頼は入れません。そうでなく、「部長買いました」というツイートをくれた人に、「Amazonで書評書いといてね」と頼むと、「はーい」と書いてくれます。 

 そんな状況をまずはつくっておき、そこに出版社にお願いしていた日経新聞の広告を打ちました。その広告クリエイティブで本がランキング入りしていることを伝え、それを見た人がAmazonで調べたら「やらせではない本物のコメント」が読める。その状況を確認しながら、事実を武器に、雑誌やテレビへアプローチをしていくやり方を取りました。それを続けていたら、とうとうNHKの番組で取り上げてもらうという奇跡が起こったんです。

 「ツールから考えて、何か生まれるかもしれない」と考えることと、「やるべきことを考えて、それに必要なツールを使って行動する」ことの違いをわかっていただければ嬉しいです。

 次に、同じような思考で展開したエステーの事例を紹介します。

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