視点を広げて人間を見て、訴求する価値を見出す


音部 最後、大松さんはいかがですか。たくさんのノウハウをお持ちかと思いますのでご教示ください。

大松 僕が無意識を紐解く近道だと思っているのは、人間を見に行くことで価値を見つけることです。以前、睡眠改善薬のナショナルブランドのお仕事に携わったときに、プライベートブランドの台頭でシェアが下がっているという課題がありまして、コミュニケーションを見直すことになりました。

それまでは、「夜よく眠れます」というコミュニケーションをしていたのですが、私たちが薬を離れて“睡眠”という視点で人間を見に行ったときに、睡眠には「朝爽やかに目覚められる」ということに価値があると分かりました。

一方で、「夜よく眠れる」ということを紐解いていくと、夜眠れない人たちには、夜の暗闇に対する恐怖心があることが分かってきたんです。そうなると、「夜よく眠れます」というコミュニケーションは、暗闇を連想させるので逆効果の可能性がある。それで「良い目覚めは良い眠りから」といった方向にコミュニケーションに刷新し、8年経った今でもうまくいっています。この場合、売りたいのは薬ですが、そのカテゴリよりも少し広い領域で人間を見ることがポイントでした。

一方で、質的な掘り下げを行って、市場性がどれほどあるかを知ることも重要です。多くのマーケティングの現場では、この量的な掘り下げが少ないと感じています。有望な仮説がひとつ見つかれば、すぐに量的な検証に入ってしまうので、人間理解が深まっていないんです。

ひとつの仮説だけでなく、たくさんの仮説を手に入れて量的な検証を行うことが大切です。そのなかで、「朝爽やかに目覚められる」ということに好感を示してくれる人、あるいは好感を示さない人がどれほどいるのかを様々な角度で検証しながら、意思決定していくのです。
 
デコム 代表取締役 大松孝弘氏

富永 「よく眠れるという睡眠性」から、「目覚めるというさわやか性」に属性の変化が起こったんですね。そうすると、その睡眠導入剤の競合は、コーヒーやスムージーになるんでしょうね。
 
Preferred Networks 執行役員 最高マーケティング責任者 富永朋信氏

音部 富永さんの言うとおり、その睡眠改善薬は「よく眠れる市場」ではなく、「よく目覚める市場」に入り直したと言えます。そして、それは市場分析ではなく、人間理解の結果だったということですね。

タイムアップとなってしまいましたが、富永さんから新聞価格の参照点など行動経済学の話、米田さんからエスノグラフィーという観察技術の話、そして大松さんから価値の発見から課題を紐解くという話をしてもらいました。それぞれ人間理解につながる示唆があったように思います。今日は、ありがとうございました。
 
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