「迷ったら、削る」グローバル戦略の描き方 #06
シンガポール大学の経営学者に聞く、日本企業がアジア進出で見落としがちな3つの視点
ユニクロのAIチャットボット 「UNIQLO IQ」や世界中の着こなし・コーディネート情報を検索できる「StyleHint」のコンセプト・開発・UXデザイン、P&G パンテーンのキャンペーン「#この髪どうしてダメですか」、味の素冷凍食品「冷凍餃子フライパンチャレンジ」など消費者の意識や行動に変化を促す注目プロジェクトを手掛けてきた高宮範有氏。
2019年のI&COの東京オフィス開設をリードし、2024年にI&CO APACの代表に就任した高宮氏が、同社の創業から9年で培った実績と、アジア各国のスタートアップ約250社と情報交換する中で見えてきた国境を越えるブランディングに大切なことを解き明かしていく連載「『迷ったら、削る』グローバル戦略の描き方」。
第6回では、特別編として東南アジアの“いま”にフォーカスします。かつてないスピードで変化し、日本企業にとって最後の成長フロンティアとも言われている東南アジア。特に、イノベーションの拠点として急成長を遂げるシンガポールに進出する日本企業が年々増加しています。
今回は、Singapore Management University(SMU)イノベーション&アントレプレナーシップ研究所アシスタントディレクターであり、教育者・起業家としても東南アジアのスタートアップ支援の最前線に立つGabrielle Tan Lay Khim氏へのインタビューを、高宮氏が実施。それをもとに東南アジア市場を読み解くリアルな視点やいまの潮流を通じて、日本企業がアジア進出で押さえるべき3つの視点を解説します。
2019年のI&COの東京オフィス開設をリードし、2024年にI&CO APACの代表に就任した高宮氏が、同社の創業から9年で培った実績と、アジア各国のスタートアップ約250社と情報交換する中で見えてきた国境を越えるブランディングに大切なことを解き明かしていく連載「『迷ったら、削る』グローバル戦略の描き方」。
第6回では、特別編として東南アジアの“いま”にフォーカスします。かつてないスピードで変化し、日本企業にとって最後の成長フロンティアとも言われている東南アジア。特に、イノベーションの拠点として急成長を遂げるシンガポールに進出する日本企業が年々増加しています。
今回は、Singapore Management University(SMU)イノベーション&アントレプレナーシップ研究所アシスタントディレクターであり、教育者・起業家としても東南アジアのスタートアップ支援の最前線に立つGabrielle Tan Lay Khim氏へのインタビューを、高宮氏が実施。それをもとに東南アジア市場を読み解くリアルな視点やいまの潮流を通じて、日本企業がアジア進出で押さえるべき3つの視点を解説します。
1. 「市場を探す」から「事業の文脈を捉える」へ
多くの企業は、海外進出時の市場調査においてその国・地域の成長産業や政策に関する情報を単なる背景資料として捉えがちです。しかし、こうした情報こそが海外進出時の自社の立ち位置を明確に定義する鍵となります。

Singapore Management University(SMU)
Gabrielle Tan Lay Khim 氏
Gabrielle Tan Lay Khim 氏
今回インタビューをしたSingapore Management University(SMU)のGabrielle Tan Lay Khim氏が挙げる2024年のシンガポールの成長要因は3つです。
• 半導体や精密工学需要の高まり
• 中国の財政出動や世界的金融緩和による輸出・消費の活性化
• AI SingaporeやCyber Security Agency(CISA)などの政府支援によるイノベーションの促進
※AI Singapore:国家政策の一環として AI推進と普及に重要な役割を果たしている研究機関
※Cyber Security Agency(CISA):米国の国土安全保障省(DHS)に属する政府機関で、国内のサイバーセキュリティと重要インフラ(エネルギー、交通、金融、医療など)の防御・保護を担う専門機関。
これらの情報をただ「成長しているから魅力的な市場である」と単一的に捉えるだけでは、機会の列挙にとどまってしまいます。一方で、こうした動きの背景を深く読み解き「その潮流の中で自社は何を提供できるか」「現地で自社が存在する意味は何か」と問い直すことで、進出の意義を深く掘り下げることができます。
たとえば、シンガポールのサステナビリティに特化した政策「Green Plan 2030」に合わせてESG関連事業を打ち出せるか、ヘルスケア分野での共同研究機会を狙えるか、日本の精密技術や安全基準を価値として接続できるかなど、思考の切り替えは単なる市場探しだけではなく、その土地で語るべきストーリーを見つけることにつながります。これは、ブランディングやマーケティング戦略の設計そのものです。
Singapore Green Plan 2030 (2024 update)
日本企業の特有の課題として、市場調査は詳細に行うものの、その結果と自社の強みを結びつける視点が弱い傾向があると思います。日本の高品質で、高い信頼性という強みを、シンガポールが目指す方向性にどう接続できるかを考えることが重要です。
ここでのポイントは、「どんな商品を売るか」より先に、「この土地で語るべきストーリーは何か」を捉えることが大切です。その国・地域の成長産業や政策は、そのストーリーの土台になります。具体的には、現地の政府機関が発表する中長期計画(シンガポールであればSmart Nation構想など)を読み込み、自社の技術やノウハウが貢献できる文脈を特定することから始めるとよいでしょう。
2. 「技術を買い付ける」から「共創する」へ
アジア進出の初期段階における協業では「技術を買い付ける」「現地パートナーを見つけて導入テストを行う」などの発想になりがちです。しかし、Tan氏によれば、今のシンガポールでは協業の文脈が一段階進み、スタートアップとの連携は新たな価値を共に創り出す段階へとシフトしています。
たとえば、タイを拠点とする石油化学メーカーのIndorama VenturesはSMUと連携し、サステナブル素材の次世代ビジネスを学生や若手起業家と共に共同開発しています。この取り組みは、アクセラレーターや大学、投資家を一体化させるオープンイノベーションが盛んな点が特徴です。
また、鹿島建設の自社ビル「The GEAR」は、R&Dセンターやオープンイノベーションのハブとしての機能を備え、PoC(Proof of Concept:概念実証)の機会をスタートアップに提供しています。新技術の市場導入を早める仕組みとして機能するとともに、製品・サービスのブラッシュアップにもつながるメリットがあるといいます。

これらに共通するのは、伝統企業であっても自ら共創の場に立つという姿勢です。ここに、日本企業にとっての大きな学びがあります。日本企業が現地のスタートアップと協業を開始するための具体的な3つのステップが考えられます。
1. シンガポールの主要なスタートアップイベント(SWITCH、Echelon Asiaなど)への参加
※SWITCH:シンガポール企業庁が主催するスタートアップの大型イベント
※Echelon Asia:東南アジア最大級のスタートアップカンファレンス
2. 自社の課題を明確にした上で、ピッチイベントを開催
3. Enterprise Singapore(ESG)などの、政府機関が提供するマッチングプログラムの活用
※Enterprise Singapore(ESG):シンガポールの企業の成長を支援する政府機関
特にフィンテックやAIといった分野では、パートナー探しではなく、共通の社会課題を見つけて共に解決する関係性の構築が求められます。
ここでは、スタートアップとの協業を単なる技術の補完ではなく自社の価値を再定義する機会と捉え、どんな未来像を共有できる相手かという視点でパートナーを選ぶことが重要です。
まず自社が解決したい課題を明確にし、それを軸にパートナー候補と対話を始めることからスタートするといいでしょう。このフェーズでは、特に日本企業の場合、本社決裁を待つのではなく、現地チームに一定の決定権を持たせることが協業のスピードを高める鍵となります。