音部で「壁打ち」 – あなたの質問に答えます。 #09

優れたマーケターになるには、マーケティンングのフレームワークを数多く学んだ方がいいですか?【音部大輔】

前回の記事:
「マーケティングはアートなのか、サイエンスなのか」という問いへの答え【音部で「壁打ち」】

「視点獲得」よりも「視点運用」を意識する


【質問】

優れたマーケターになるには、マーケティンングのフレームワークを数多く学んだ方がいいですか?

 フレームワークは視点と言い換えられる、と理解してお答えします。拙著、『なぜ「戦略」で差がつくのか。』の中で、物事への視点が多いと経験あたりの獲得経験値量が増えるので有利、といった話をしています。一般的には、視点は多いに越したことがないでしょう。視点の数だけ消費者理解や市場理解も効果的・効率的に進んでいくからです。結果として目的の再解釈や資源の再解釈もよりよく進みます。つまり、戦略の策定にも実行にも好都合ですから勝ちやすくなります。

 人間の認知能力や処理能力そのものに限界があることを意識すると、その度合いによっては「有用な視点を少しだけ持ち、それらの運用に習熟する」ことも有効かもしれない、と気付きました。10個の視点から有用な視点をひとつ選ぶよりも、有用な2個の視点からひとつを選ぶ方が高効率、ということです。仮に100単位の認知能力(注意力とか思考力と理解してもいいです)があるとき、10の視点を運用すると1視点あたりの深さは10単位ですが、2個の視点に集中すればその深さはそれぞれ5倍の50単位まで深められることになります。10単位の認知能力で分かることと、50単位の認知能力で見えることは、きっと大きく違うでしょう。(この気付きは、実はかなり最近のことですからまだ本には書いていません)。

 いろいろな種目を少しずつやるよりも、絞った種目に集中する方が上達しやすいことに似ていると思います。あらゆる武器の扱いに通暁(つうぎょう)しているのはカッコいいですが、特に若いうちにそれを目指すのは、天才以外には物理的に無理がある。練習や修行に使える時間の総量が限られている、ということが大きく影響します。

 先述の書籍では戦略の構成要素を「目的」と「資源」の2点のみに限定しています。「競合」や「市場環境」といった外的要因や、「新商品の開発」や「マネジメントの意向」、「過去の経緯」なども戦略に影響を与えることが少なくないですが、こうした諸要素は「目的か資源に影響するときのみ意識する」と解します。徹底的に「目的と資源」のみに着目し、それ以外の諸要素は「目的と資源」への影響を通してだけ顧みます。あれもこれも意識するのではなく、「目的と資源」についての洞察に集中します。自身の「認知能力」も有限ですから、市場や消費者の観察も、過去や現状の分析も、この2つの視点に徹底します。観察し、思考するときにいろいろな視点に惑わされず結果的に雑音が減るので、より深い洞察や結論に到達できることがあります。

 実際、この戦略定義を実装した複数の企業において、以前よりも洞察に富んだ分析や、斬新な切り口の提案がなされるのを経験してきました。道具としての視点を限定し、限られた時間の中でその運用に熟達することで、有限の認知能力から得られるアウトプットの質も量も大きくなる、ということのようです。 日々の仕事や修練のなかで、汎用性の高そうな「視点」を見つけたときには、それらの使い方に熟達することでアウトプット、ひいては自身の成長を促進できると思います。武芸などで使われる“守破離”という概念があります。これは、まず型を「守」り、型を身につける。そうして型を修得しつつ、多様な流派などからも吸収を続け、実戦経験を経ることで既存の型を「破」ることができるようになる。さらに修練を続けることで、基本の型から「離」れ自在になることを表しています。

 これに習うと、「守」るべき型として少しの視点を獲得し、まずは習熟するのは、プロフェッショナルのはじめの段階においては特に大事なことかもしれません。いずれ処理能力の拡大に従って、扱える視点(≒フレームワーク)を増やしていきましょう。
 
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