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過去の広告事例から、何が学べるのか【ライトパブリシティ 杉山恒太郎、電通 藤本宗将 対談・前編】
広告の原点は、個人広告
藤本 『アイデアの発見』は、キング牧師の「I have a dream」というフレーズなど、狭義の「広告」ではない事例も掲載しているところが面白いですね。杉山 はい、当時は「ウォールストリートからマジソンアベニューへ」が合言葉だった時代、ハーバードを出たエリートたちが広告で世の中の価値を変えられると夢を見ることができたんです。人気男性誌『Esquire(エスクァイア)』がそうだったように、当時は広告もファインアートもジャーナリズムも全部が重なっていた。
「広告は文化だ」とはカッコ悪いので言いたくないけれど、でもやはり当時の広告は、間違いなく文化でした。その雰囲気を伝えるためには、いわゆるわかりやすい広告の話だけしていたのでは、だめだなと思ったのです。
藤本 そう言えば、杉山さんが手がけられた新聞広告の「スラムダンク1億冊感謝キャンペーン」も載せてありましたけど、あの広告をリアルタイムで見た時は「おおっ!」と思わず声が出るほど驚きました。個人の想いが新聞に載ることは日本ではあまり例がありませんでしたし、若者に人気の『スラムダンク』の広告を新聞で行うということも新鮮でした。
杉山 ある朝、突然出稿する、というのは作者の井上雄彦さんのアイデアでした。そもそも広告の原点は個人広告だと思うんです。僕はジョン・レノンとオノ・ヨーコが1969年12月に出した『WAR IS OVER!IF YOU WANT IT』のビルボード広告を見た時に得心しました。
僕自身は、個人広告は『スラムダンク』の前に一度手がけているんです。2003年に阪神が優勝した翌朝に星野仙一監督がスポーツ5紙に出した優勝感謝の個人広告です。こういう流れがあって、「スラムダンク」の広告へと続くわけです。
藤本 コピーライターがコピーを書く時は企業の言葉を代弁するわけですが、その言葉の中に"真実"が入っていないと人には伝わらない。純粋に思っていることほど人に伝わるように感じます。だから星野さんや井上さんの個人広告や、キング牧師のスピーチも、ひとりの人間が本当に伝えたいと思って発した言葉にはパワーがあるんでしょうね。
杉山 企業広告も一個人が語っているように聞こえないと人の心には届かない。それが"ブランドは人格だ"ということなのだろうと思います。
藤本 そう思います。私が本田技研工業の広告コピー「負けるもんか。」を書いた時は、本田宗一郎さんの著書を大量に読み込んで、本田さんが今生きていたらどう言うだろうと考えました。会社は大きくなればなるほど事業が多角化して、企業という人格が見えづらくなります。Hondaという企業の人格にしっかりとした輪郭を与えるためには、やはり本田宗一郎さんの言葉が一番いいのではないかと思ったのです。
杉山 「負けるもんか。」は、キミがつくったんだ! 僕は大好きだな。あれはまさに企業が個人として人格を持って語っているよね。
藤本 ありがとうございます。広告のあり方や、思いを込めるという点でも、過去の事例から学ぶことは多いですね。
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