クリエイティブ
過去の広告事例から、何が学べるのか【ライトパブリシティ 杉山恒太郎、電通 藤本宗将 対談・後編】
二人が若手の頃に参考にしていた広告とは
杉山 僕が一番好きな広告は、1992年のボルボの広告『DADDY LOVES ME』です。4人の幼い子どもたちが、どれだけ自分が父親から愛されているか、たどたどしい話し方で自慢している場面が本当に素晴らしい。ひとり目の男の子が、「僕のパパは僕のことが大好きだから野球のグローブを買ってくれたんだ」と話すと、ふたり目の男の子が「僕のパパは僕のことが大好きだから野球のグローブとテレビゲームを買ってくれたんだ」と話す。三人目の男の子は「僕のパパは僕のことが大好きだから、野球のグローブと、ゲームを3つ買ってくれたんだ」と言う。
それを聞いていた4人目の女の子が、「私のパパは私のことが大好きだからボルボを1台買ったの」と。そこで画面がフェードアウトして小さなボルボのブランドロゴが画面中央に浮かんでくる。そういう上品なテレビコマ―シャルです。
子どもたちの会話はイソップ童話のようなアレゴリー(寓話)で、親の愛で結んだ子どもの玩具と大人の車のアナロジー(比類)、それに車と安全、その先の不慮の事故というメタファー(暗喩)が、数10秒のテレビCMの中にちりばめられている。この西洋的なレトリック(説得)はあまりにもキレイで、僕は広告がこういう仕事なら一生できるなあ、と思ったんです。このレトリックは、ボルボが何10年もボルボの安全性を訴求してきたからこそ成立するわけです。
藤本 ステキですよね。車の安全性が重要であることは、トラブルを経験して初めてわかるものです。トラブルが起こってもいないのに、それを気づかせるのはものすごく難しい。それをボルボは、知的に昇華している。
杉山 素晴らしい仕事ですよね。藤本くんは、若い頃どんな広告を見ていましたか。
藤本 若い頃にお手本としてよく紹介されていたなかで好きだったのは『GOT MILK?』キャンペーンです。
杉山 インサイトを見つけるために調査に工夫をこらした事例ですね。ミルクを飲ませないで日記を書かせたら、ある状況になった時に、ミルクがないと人はパニックを起こすことを発見した。
藤本 今の広告の仕事は調査抜きではありえませんが、調査の方法しだいでは、つまらない答えばかり集まってきて、それが足かせとなってクリエイティブの邪魔になることが起きがちなんです。
『GOT MILK?』は、実際にミルクがない状況を体験させたら何が起こるか?という調査の設計がすでにクリエイティブです。これを考えついた人は天才ですよね。どういう調査をするかきちんと考えてやれば、クリエイティブも飛躍できるし、広告がちゃんと効力を発揮することがわかります。
杉山 人の隠れた欲望である暗黙知は人の意識の80パーセントぐらいを占めると言われています。調査というものは、その暗黙知の一部分でも引き出すことができるような内容にしなければいけないということですね。
藤本 はい、クリエイティブというのは表現だけではなくて、実はビジネスのあらゆる領域で必要とされていて、どこででも役に立つということが、こういう事例を学ぶとわかってきます。杉山さんも若い時に過去の事例に学んだんですか。
杉山 そうだね、僕らの時代のお手本と言えば、DDBの仕事ですよね。今のように情報が入ってこない時代でしたから、アメリカ帰りの先輩が見せてくれました。物にはデノテーション(機能)とコノテーション(意味)がある。
例えば財布のデノテーションは「お金を入れるもの」だけど、どういう財布であるかによってお金持ちか貧しいか銭ゲバかという記号にもなる。それがコノテーション。広告というものはコノテーションを引き出すものだと習いました。