音部で「壁打ち」 – あなたの質問に答えます。 #22

音部さんが40歳の時に行っていたことで、今も活きている経験とは?

前回の記事:
戦略を決めたら、徹底的に執着すべき理由【音部で壁打ち】
 

米国本社でCMOと共に働いた時代


【質問】

 私は、現在40歳です。音部さんは40歳のときに、どういった考えを持って仕事をしていましたか? 当時、実行していたことで、今も活きている経験があれば、教えてください。

 私が40歳のときは、ちょうどP&G米国本社にアサインされている最中でした。その当時、アジアのヘッドクォーターが神戸からシンガポールに移転するという変化が起きていたことも相まって、何となく米国から帰国すると同時に退社する見通しを持っていました。

 このアサインメントをうまく完了できた頃、米国や日本の幾人もの同僚も同じ時期に辞めると知り、そういうタイミングなのだ、と感慨深く思った記憶があります。

 米国時代にグローバルCMOであったジム・ステンゲルの近くで仕事できたことは、とても幸運でした。ここでの経験は、後に私が日本の資生堂でCMOとしてブランドマネジメント組織を構築する際にも非常に参考になりました。複数の市場で競争を展開する企業がどのようにマーケティング組織をつくるべきか、という貴重なラーニングを得られたからです。



 当時、CMOだったジムは、ブランドに対して具体的な指示は出しませんでしたが、遠隔的・間接的に知識の流通を促し、組織全体を方向付け、ブランド群を伸張させていたのです。彼は直接手を下さないけれど、組織は彼の企図に沿って成長しました。

 そして私は帰国と同時に、最初の転職をしました。転職先ではグローバルチームとの協働を先行して行うために、最初の3カ月間は本拠地でバルセロナ勤務を経験することになりました。そうした時代だったのかもしれません。

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