RYUKYU note #13前編

沖縄アイス「ブルーシール」が70年以上も愛されてきた理由を紐解く【代表取締役 山本隆二氏 インタビュー】

 

うちなーんちゅの思い出と共に成長


――ブルーシールは戦後まもなく創業し、70年以上の歴史を持っています。長きにわたって続けてこられたのは、なぜなのでしょうか。

 これほど長く続けてこられたのには、さまざまな理由があります。まず、戦後まもない頃、アイスクリームはうちなーんちゅにとって憧れの食べ物でした。年配の人と話すと、「当時、アイスは何かよいことがなければ食べられなかった」「ご褒美に買ってもらった」「家族イベントのひとつとしてお店に行った」などと言われることが非常に多いです。

 また、学校給食やイベントに積極的にアイスを提供するなど、ハレのタイミングにブルーシールは登場します。つまり、ブルーシールというブランドは、結果的にうちなーんちゅの嬉しかったり、楽しかったりした思い出と一緒に育ってきたんです。

―― 現在もそうしたブランディングは意識しているのでしょうか。

 はい、ブルーシールが受け入れられている要因のひとつなので、そうしたイメージを壊さないようにしたいと考えています。たとえば、毎年7月末には、沖縄本島中の小中学校の給食に一斉にアイスを提供しています。約9000個のアイスを昼食までに全学校に配達しなければならないため、その日だけは全社員が配達に出ます。

 そのとき、ブルーシールのトラックが学校に入っていくと、授業中にもかかわらず生徒が窓から手を振ってくれるんです。1年に1度の取り組みで、その日は非常に忙しいですが、社員はその一瞬が一番楽しい時間だと言います。



――それは象徴的な取り組みですね。

 そうですね。また、最近すごく評判がよいのは、卒業式にキッチンカーで訪問し、卒業生にアイスを振る舞うことです。もちろん喜んでもらえるのですが、「卒業式にブルーシールが来た!」と言って、SNSで拡散してくれるんです。ほかにも、幼稚園や保育園にキッチンカーで訪問し、絵本の読み語りを行いながらアイスを提供する取り組みも10年以上行っています。

 年配の人に向けた取り組みでは、養護老人ホームなどの老健施設にキッチンカーで訪問しています。沖縄のおじいやおばあは、小さい頃からずっとブルーシールに接してきました。今はコロナ禍であまり外出できないということもあり、キッチンカーで訪問したときには、泣いて喜んでくれる人もいます。ブランドにとって機能やバリューはもちろん大事な要素です。ただ、ブルーシールを食べるときには、思い出話が必ずついてくるので、どちらかと言えば、心に訴えたいと思っています。

 また、食生活など普段の生活の中で楽しいイベントに代わるような部分を見つけ、そこに合うような提案もしています。「Fan・Funny・Happy」など、嬉しい気持ちになっているタイミングや、うちなーんちゅの人生の節々でブルーシールが登場するような取り組みをしていきたいと思っています。

※後編「15坪で月1000万円の売上。コロナ禍で県外進出を強化したブルーシールのマーケティング戦略【代表取締役 山本隆二氏インタビュー】」に続く
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