日本の広告最新事例を世界の潮流から読み解く #37
iPhone テレビCMのヒーローではない「サエない一般人」が不思議と共感を呼ぶ
私は長年、多くの広告コミュニケーションの海外事例を紹介、その分析に努めているのですが、この連載では、いつもとはある意味では逆に、まず日本の話題作に目を向けて解説し、そのうえで、その意図や施策の在り方が海外のどんな潮流と関連しているのかについて考えていこうと思います。今回は、その第37回です。
iPhoneなのにスタイリッシュなCMではない
iPhoneにはスタイリッシュなイメージがあります。そのテレビCMは、映像も音楽も登場人物も、カッコよさで貫かれていることが多いように感じます。ところが今回取り上げる「一日中、使えるバッテリー」篇に登場するのは、まったくヒーロー的な要素のない、どちらかと言うとサエない一般人の若い青年です。
テレビCMは、主人公が朝早い時間に、バイト先と思われる場所に「全10区画。モデルハウス公開中」と大書された看板を持って現れる場面から始まります。iPhoneのバッテリー表示は98%で、充電状況は万全です。その場所は、時折トラクターなども通る畑の中に通された田舎道で、パイプ椅子に一日中腰かけて、会場に向かう客から道を聞かれたら答える、というのが青年の仕事内容のようです。
通学途中の小学生に挨拶されたりするものの、訪れる来場客も少ないようで、基本的に暇です。青年はiPhoneでコンテンツを視聴したりしながら、時が過ぎるのをひたすら待ちます。
それでも暇な青年は、中空に蹴り上げたスニーカーをiPhoneの動画機能で撮影してみたり、看板を手に持って、チャンバラの格好をしたり、ギター演奏の真似事をしてみたりします。時間の持て余し具合と退屈さ…、実際の時間が、それ以上に感じられるのがよく伝わって来ます。
そうこうするうちに、すっかり陽も暮れてバイト終了時間に、ふたたびiPhoneがアップで映し出されると35%という表示で、まだバッテリーに余裕があることを示します。
帰って行く青年のビジュアルに、ラップ調のBGMが ♪闘う男の物語♪ とかぶさります。そこに「一日中、使えるバッテリー」「大丈夫、iPhone14なら。」の文字に続いて、通信会社のロゴとアップルのロゴが示されます。
どう考えてもサエない一般人のサエない一日を描いて、それは彼にとっての“一種の闘い”なんだと締めて、バッテリーが長時間持つことを訴えています。なんだか妙に目について、一種の共感まで感じてしまいました。サエない時間こそ長く感じるもので、誰にでもこうした時間を過ごすことはあり得るからだと思います。