広報・PR #09

宮崎駿監督『君たちはどう生きるか』は、マーケティング戦略と作家性の狭間を問うている

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『君たちはどう生きるか』のマーケティング戦略に注目すべき理由


 2023年7月14日に公開されたスタジオジブリの宮崎駿監督最新作『君たちはどう生きるか』のマーケティング戦略は、広報・PRの専門家に新たな問いを投げかけている。

 この作品は観客が自ら映画体験を解釈できる機会の提供を意図し、予告編やメディア向けの情報提供など従来の映画が行う一般的な広報活動を大幅に削減している。その結果、観客は先入観なく映画に触れ、予想外の驚きや発見を経験している。

 しかし、情報不足により観客が映画を見逃す可能性もある。特にインターネットで情報を事前に集め、それに基づいて意 思決定を行うことが習慣化しているZ世代にとって、情報が不足していると感じる可能性は大きいのではないだろうか。

『君たちはどう生きるか』のマーケティング戦略が広報・PRの専門家に対して投げかけている問いを考えるために、まずは宮崎駿監督の作家性について考えたい。私はクリエーターが物語を伝える方法は、大きく「小さな物語」「大きな物語」「ハイブリッド」の3つのタイプがあると考えている。

 ひとつ目の「小さな物語」は、細部と情緒に焦点を当てて、特定の人物や状況への理解を深めることを重視する。一方で、2つ目の「大きな物語」は、全体のテーマやメッセージに焦点を当て、各パーツが物語全体に対してどのように貢献しているかを強調する。そして3つ目の「ハイブリッド」は、大きなテーマと具体的な描写の間で物語がスムーズに移行し、一貫性を保つことを意識する。

 私は『君たちはどう生きるか』を観た後、宮崎駿監督がひとつ目の「小さい物語の人」であると感じた。これまでの宮崎駿監督の作品は一貫して精密な描写や深遠なテーマ性、そして視覚的な豊かさといった要素からなる独自の世界観(ハイブリッド)を提示してきたが、この作品は各々の解釈を通して小さな物語に触れさせる作品だったのだ。

 今回の「映画を宣伝しない」というスタンスは、むしろ彼が真に本質を追求するアーティストであることを象徴しているように感じた。人間は誰しも細部重視型のピュアな要素と大局視型のメタな要素の双方を内包している。そのため、ある意味でハイブリッドである。しかし、『君たちはどう生きるか』は彼がどれほど「小さい物語」に対する強い志向を持っているかが如実に示されている。

 過去の作品『風立ちぬ』の主人公である航空技術者の堀越二郎の生き方と重なる部分もある。主人公の航空技術者が戦争という社会的混乱の中で、自己の技術が社会に与える影響力に直面する。彼が設計した零戦と、その戦闘機を操り、命を捧げる若者たちの間に個人のアート(技術)と大きな社会現象(戦争)との間に存在する埋めがたいギャップを描き出している。宮崎駿監督自身の「アートの世界」と「それ以外の世界」の間にある壁、つまり自身の芸術表現と社会全体との関連性と距離感を強く感じ取ることができた。

 この描写は、宮崎駿監督自身が自らの芸術表現と社会現実の間で一定の距離を保ちつつ、芸術を追求するという彼の強烈な作家性を表現している。最新作『君たちはどう生きるか』では、この作家性がさらに強調されていると感じた。

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