トップマーケター直伝 マーケティング用語解説 #03

LTV(顧客生涯価値)とは? ロイヤルティを向上させる施策【トップマーケター直伝 マーケティング用語解説:ユナイテッドアローズ 藤原義昭氏】

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 マーケティングを取り巻く状況は、近年急激に変化している。本連載ではマーケティングを巡る重要キーワードについて、トップマーケターの独自の視点を交えながら、基礎からポイント解説していく。

 第3回のキーワードは「LTV(顧客生涯価値)」。LTVはなぜこれほど重視されるのか。LTV向上を目指し、2023年8月から購入以外のアクションにもマイル(ポイント)を付与する新たなロイヤルティプログラムを導入したユナイテッドアローズ執行役員CDO兼OMO本部本部長の藤原義昭氏に、重要性を増すLTVの本質について、新サービスの背景も含めて解説してもらった。
 
出典:123RF
 
【目次】
1. LTVとは?
2. なぜLTVが重視されるか
3. LTVを向上させる施策
4. LTVの注意点
5. 藤原義昭氏に聞く新時代のマーケティングとLTV
 

1.LTVとは?


 一人の顧客がある企業との間で生涯、あるいは特定期間にもたらしてくれる利益。顧客獲得コストを表すCPA(Cost Per Action)やCPO(Cost Per Order)などと比較してビジネスの収益性について予測・目標設定・評価したり、自社サービスの利益構造を把握したりするための重要な定量指標として、企業のKPI(重要業績評価指標)になっている場合が多い。LTVの計算式は商品・サービスの性質やビジネスモデルによって異なるが、定期的に商品・サービスを購入してもらう場合、購入単価(粗利益)、購入回数、継続年数を掛けあわせて計算する。

 たとえばある顧客が、粗利益2000円の商品を年5回、3年間定期購入してくれた場合、LTVは2000円×5回×3年=30000円。この数値と顧客獲得コストや顧客維持コストを比較すれば、施策の中長期的な採算性を測定できる。最初からこれらのコストを差し引いたり、1人の顧客ごとに計算するのではなく全顧客の平均値を基に計算したり、サブスクリプション型ビジネスでは解約率(チャーンレート)を用いて算出したりする場合もある。

 いずれの場合も、いかに少ないコストでLTVを向上させられるかが、マーケティング施策の重要な課題と目されている。
 
ワンポイント
 どんな指標がお客さまの「生涯価値」につながるか、LTVの計算方法はおそらく企業やブランドによって全然違います。ユナイテッドアローズのように生活必需品ではない服を売るセレクトショップの場合は特に、いかにブランドを認知してもらい、LTV・ロイヤルティの高いお客さまを増やしていけるかが、非常に重要になります。

 ではLTVが高いお客さまは、誰でしょうか。ユナイテッドアローズでは年4回以上購入してくださるお客さまをロイヤルカスタマー(優良顧客)と位置付けています。新しいロイヤルティプログラムの策定にあたっては、過去の会員プログラムのデータやアンケート、優良顧客へのデプスインタビューから、彼らの行動を徹底的に分析し、そこからどんな指標を立てればLTVにつながるかの仮説・検証を行いました。(藤原義昭氏)
 

2.なぜLTVが重視されるか

 近年、さまざまな理由からLTVが重視されるようになったが、おもな要因は「既存顧客との関係強化の重要性が増したこと」である。

 日本は少子高齢化の一途をたどり、市場は縮小、新規顧客獲得のハードルはますます上がっていくことが予想される。また一般に、新規顧客獲得コストは既存顧客の維持コストの5倍かかるという「1:5の法則」がある上、近年は広告費も高騰している。個人情報の取り扱いに関するクッキー規制の強化などにより、広告による効果的な訴求は難しさを増している。

 一方、モノやサービスは溢れ、他の企業やブランドとの機能面や品質における差別化が難しい「コモディティ化」が進行。このままでは低価格競争に陥いりかねないことから、価格を下げなくても継続的に購入してくれ、かつ広告費をかけなくてもSNSなどによって口コミを広げてくれる、ロイヤルティの高い優良顧客のナーチャリング(育成)に重点が置かれるようになった。

 さらに社会情勢の変化により、個人の価値観や嗜好が多様化。従来の画一的な接客ではなく、パーソナライズされたサービスを供給できなければ離脱される可能性があることから、顧客一人ひとりに丁寧な「1on1マーケティング」をとるLTVの考え方が浸透。ロイヤルティを高められているかどうかの定量的な指標として重視されるようになった。継続利用を前提としたサブスクリプション型のビジネスモデルが勃興したことも、LTVの注目が高まった要因と考えられる。
 
ワンポイント
 今はモノだけでなく、情報も爆発的に増えている時代です。ソーシャルメディアが広がる中、しっかりコミュニケーションをとってお客さまと関係性・コミュニティを築かないと忘れられてしまいます。そこで最も大切なのが、お客さまとの「有用な接点」を増やすことです。接点とは、お客さまにとって不要な広告を流すことではありません。購買だけではない、さまざまな意味を持つアクション・接点を設けることがLTV向上につながると思います。(藤原義昭氏)
 

3.LTVを向上させる施策

  LTVを向上させるには、おもに以下のような基本施策が挙げられる。

 1) 顧客単価を上げる:安易な値上げは離脱を招きかねないが、近年の原材料費の高騰により、適正な価格転嫁や、付加価値を加えた値上げなら、顧客の理解を得られる場合もある。また、「クロスセル」により関連商品やセットでの購入を促したり、「アップセル」によって利益率の高い商品を購入してもらったりするのも単価アップの基本的な施策。敢えて価格やグレードが低い商品を勧める「ダウンセル」によって、結果的に顧客満足度やロイヤルティを高める場合もある。

 2) 購入頻度を増す:CRM(顧客関係管理)を駆使して、顧客ごとに定期購入やリピートを促すステップメールやDM、有益な情報を盛り込んだメルマガを配信したり、適切な時期・内容のリマインドやレコメンドを行ったりすることで、購買のきっかけにつながる可能性が高まる。ポイントカードの導入も常套手段。

 3) 顧客獲得・維持コスト、解約率を下げる:CRMやMA(マーケティング・オートメーション)などにより、確度の高い見込み顧客の特定・育成の精度を高めたり、休眠顧客・優良顧客とのコミュニケーションを効率化したりすることで、それらにかかるコストや解約率を下げられる可能性がある。

 一方、近年は経済的インセンティブだけでは顧客に選ばれにくい時代とされる。購買以外にも、企業が顧客にとって欲しいアクションにリワード(報酬)を付けたり、その中身も割引やクーポンだけではなく、その企業ならではの体験や寄付ができたりする、新機軸のロイヤルティプログラムが増えている。

 また、企業側ではなく一般の顧客が自ら制作し、SNSやブログ、レビュー投稿などで発信するUGC(ユーザー生成コンテンツ)も、企業が広告コストをかけずに信頼度の高い情報が拡散され、アテンションを獲得できる可能性が高まるとして重視されている。
 
ワンポイント
 ソーシャルメディアで誰とでもつながれる時代だからこそ、クローズドで特別な絆が、顧客のロイヤルティ向上につながります。ユナイテッドアローズの新会員プログラムでは、購買以外にもさまざまなアクションにマイルを付与していますが、特にお客さまによるレビュー投稿を重視しています。プログラム刷新後の1カ月では、以前の約30倍ものレビューが投稿されました。もちろん中には辛口のレビューもありますが、それも含めて、ユナイテッドアローズという箱の中にお客さまとのコミュニティーを醸成することが大事だと思っています。

 また、ユナイテッドアローズのECの売上比率は30%ほどで、ECだけのご利用では、たとえば他社サイトの方が安いといった理由で、離脱される傾向があることがデータから分かっています。一方、ユナイテッドアローズ最大のアセットはリアル店舗のスタッフです。接客コンテスト「スタッフオブザイヤー」でグランプリ受賞するなどした優秀なスタッフが接客するリアル店舗と、そのスタッフたちが自らコーディネートを提案するECサイトと、両チャネルの「クロスユーザー」になっていただくことが、効率的なLTV向上につながると考えています。ECで「お気に入りスタッフ」を登録していただくとマイル付与の対象にしているのも、コミュニティ醸成やクロスユーザーの育成といった趣旨があります。(藤原義昭氏)
 

4.LTVの注意点

  中長期的な企業利益の増大に不可欠なLTV。その向上のためにさまざまな施策や、ロイヤルティープログラムを導入したりする企業は多いが、どんな点に注意すべきなのか。

 1) 不確実性:LTVを試算する際には指標を仮定することが多く、特にVUCA(Volatility:変動性 ,Uncertainty:不確実性,Complexity:複雑性,Ambiguity:曖昧性)の時代とされる現在、将来の不確実性は増している。社会情勢や市場動向、他社の動向などによって、LTVが将来の顧客行動を正確に予測できているとは限らないことに注意が必要だ。

 2) ロイヤルティプログラムの有効性:顧客とのエンゲージメントを高めるため、購入金額や回数に応じてポイントを付与し、値引きやクーポンなどと交換できるロイヤルティプログラムを実施している企業やブランドは多い。しかし、値引きは企業収益の圧迫や、より安いブランドへの離脱、ブランド価値の毀損を招くリスクもあり、本当にLTV向上に貢献しているかどうかは見極める必要がある。
 
ワンポイント
 LTVにはさまざまな変数が複雑に絡み合います。ユナイテッドアローズの新ロイヤルティプログラムのように、購入だけではない顧客の行動にマイルを付与するという、大きな改革を打ち出す際は当然、緻密なシミュレーションとエビデンスが不可欠ですが、その前段として私が特に重視したのは「仮説立て」です。リサーチに相当な時間をかけて①優良顧客がどんなことに喜びを見出すか②顧客にどんな行動を取ってほしいかの2点について仮説を立て、そこからデータと照合し、マイルを付与する行動を慎重に選定していきました。膨大なデータも仮説を持っていなければ有効に活用できません。

 また、ロイヤルティプログラムを実行する際、実は最も重要なのは、現場のスタッフがお客さまにきちんとご説明できるかどうかです。ユナイテッドアローズの場合は、今回は特に大きな改訂なので、プロジェクトチームが説明動画やスタッフ向けの理解度テストをつくり、その達成率をチームのKPIに設定しました。8月に新プログラムをスタートして、年末には9割程度は達成していたと思います。(藤原義昭氏)
 

5.藤原義昭氏に聞く新時代のマーケティングとLTV


 これまでのマーケティングは、たとえば1回の施策につき100万円の広告費でいくら稼げるかという「掛け捨て」の発想が主流でした。でもそれだとお金はどんどん出ていく一方、お客さまは「大事にされていない」と感じて関係性を築きにくい。もちろん私も、費用対効果を追求した施策も懸命に行いますが、これからの時代、全体的な意識をどこに向けるかというと、「ロイヤルティーの高いお客さま」という資産をどれだけ「積み上げ」られるかだと思うのです。従来持っているアセットだけでは、他社との差別化に勝ち抜くことや、企業に求められている環境負荷の低減などの大きな課題にも立ち向かえません。お金をかけなくても「ここでしか買わない」と言ってくれ、応援してくれる「ファン」を多く蓄積することが、ビジネスとして最もリーズナブルで、サステナブルだと思います。だからこそLTVが重要なのです。
 

ユナイテッドアローズのロイヤルティプログラムでマイル付与の対象となる行動

 また、現代のお客さまは膨大なモノと情報に囲まれる中で、意味のある買い物、商品を求めています。特に服の場合、ブランドではなく経済性や機能性だけで選ばれてしまっては、2回目、3回目の購入につながりません。優秀なスタッフがいる店舗での体験や、レビュー投稿などによるコミュニティへの参加、ショッピングバックの辞退による地球環境への貢献…といった「意味のある接点」があることで、ファンへと育ち、LTVを押し上げてくれます。新しいロイヤルティプログラムで、購入以外のさまざまな行動にマイルと付与するようになったのは、そういった背景があります。

 新プログラムの開始後、KPIとしているF2転換率(新規顧客のうち2回目の購入をした割合)や、年4回以上購入してくださるお客さまの数は、シミュレーション通りに数字に乗ってきています。これからもお客さまに「意味のある接点」を数多く提供し、ともに価値を共創していきたいと思います。
 
藤原 義昭 氏
ユナイテッドアローズ 執行役員 CDO 兼 OMO本部 本部長

リユース大手企業でマーケテイング、IT、ECなど統括を行った後、2021年ユナイテッドアローズにChief Digital Officerとして着任、企業のDX推進並びにマーケティング、広報、EC、ITを統括している。

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