広報・PR #16
Appleのプロモーション映像炎上。歴史的名作CM「1984」との比較から企業コミュニケーションの変遷と課題を考える
2024/05/13
Appleの新型iPad Proのプロモーション映像「Crush!」が炎上
Appleが2024年5月7日に公開した新型iPad Proのプロモーション映像「Crush!」が、楽器や機材を破壊する表現が不適切であるとして、クリエイターやユーザーから強い批判を受け、炎上する事態となった。この事件は、Appleのブランドイメージを毀損しかねない深刻な問題である。同時に、現代の企業コミュニケーションのあり方を考える上で、重要な示唆を与えてくれる。
Appleは炎上を受けて謝罪文を発表し、「映像は新しいiPad Proの圧倒的なパワーと汎用性を表現する意図で作られたものであった。しかしながら、映像の内容が、多くの方々に不快な思いを与えてしまったことを深くお詫び申し上げます」と述べ、今後このようなことがないよう再発防止に努めると強調した。
今回、炎上したAppleの新型iPad Proのプロモーション映像「Crush!」
今回、炎上した「Crush!」と同じAppleの1984年の名作CM「1984」と比較しながら、炎上の背景にある時代の変化とAppleの誤算、そして今後の企業コミュニケーションのあり方について考察する。
1984年のApple CM「1984」を振り返る
Appleといえば、1984年のスーパーボウルで放映された、衝撃的なCM「1984」が有名だ。このCMは、ジョージ・オーウェルのSF小説『1984年』をモチーフに、当時のコンピューター業界を独占していたIBMを「ビッグ・ブラザー」に見立て、その支配から人々を解放するヒロインが登場するという内容だった。「1984」は、当時の画一的なコンピューター業界に一石を投じ、Macintoshの登場を印象づける革新的な作品として、多くの共感を呼んだ。このCMは技術革新の象徴として広く称賛され、多くのAppleユーザーに強烈な印象を残している。
1984年1月22日の第18回スーパーボウルで、AppleのMacintosh用テレビCMとして放映された
しかし、それから約40年が経過し、テクノロジーの進歩と共に社会も大きく変化した。インターネットの普及により、ユーザーは多様な情報に触れ、自分なりの価値観を形成するようになった。また、ソーシャルメディアの発達により、個人の意見は可視化され、企業のあらゆる行動が監視される時代となった。こうした中で、企業コミュニケーションは、ユーザーの多様な価値観への配慮が求められるようになっている。さらに、クリエイターたちが道具に対して持つ情緒的な結びつきは強まり、その破壊は過去よりも敏感に受け止められるようになった。
Appleの誤算と今後の企業コミュニケーションのあり方
新型iPad Proのプロモーション映像「Crush!」では、楽器や機材の破壊という強い表現を用いて製品の性能をアピールしようとしたものの、これがクリエイターの感情や価値観との齟齬を生んだと感じられる。楽器は多くのクリエイターにとって単なる道具ではなく、創造性を表現する大切なパートナーであるため、このような表現は一部のクリエイターにとって受け入れがたい可能性があると思われる。
私が2001年から2004年にかけてアップルコンピュータの日本法人で勤務していた時期、AppleはまだiPhoneやiPadなどを発売しておらず、特にクリエイター向けの業務用マシンとしてのイメージも残っていた。そのため、特に当時のAppleを知る人からすると彼らのパートナーを軽々しく破壊するような表現が受け入れがたく感じられた可能性も高いだろう。
また、この映像はAppleのブランドイメージとのギャップを感じさせる結果となり、環境問題に取り組む同社の姿勢とも矛盾する印象を与えた。過去の成功体験から挑戦的な広告が受け入れられるとの過信が、クリエイターの価値観を軽視してしまったことにつながり、反発を招いてしまったのでないだろうか。
今回の騒動は、今後の企業コミュニケーションのあり方について重要な教訓を示している。企業はユーザーの多様性を尊重し、その価値観を理解した上でメッセージを発信する必要がある。
表現の自由とともに、倫理的な配慮と社会的責任を果たすことも必須であり、ブランドの価値観と一貫性のあるコミュニケーションを心がけることで、ユーザーとの信頼関係を築き、持続可能な関係を維持することが可能となる。
イノベーションを追求する企業として
新型iPad Proのプロモーション映像「Crush!」の炎上事件は、Appleの広告戦略における重大な失敗であったと言えるが、それと同時に現代の企業コミュニケーションのあり方について、重要な示唆を与えてくれる出来事でもあった。
1984年のCM「1984」が、当時の画一的な社会に対する反抗と独創性の象徴として称賛された一方で、「Crush!」は時代の変化とユーザーの価値観の多様化を考慮しないまま、型破りな表現に走ったことで、逆に反発を招く結果となった。
しかし、Appleは失敗や勇み足から学ぶことのできる、世界的にも稀有な企業である。過去にも、Newton、G4 Cube、Ping、Antennagate(アンテナ)問題など、様々な失敗を経験してきたが、そのたびに教訓を活かし、より良い製品やサービスを生み出してきた。イノベーションを追求する企業にとって、技術的な革新だけでなく、ユーザーとの共感や倫理的な配慮もまた重要であることを再認識する契機となるだろう。
Appleには、この教訓を活かし、表現の自由と社会的責任のバランスを取りながら、クリエイターの心に響くような、革新的なコミュニケーションを展開していくことが期待される。Appleが新たな時代のコミュニケーションのあり方を切り拓くための糧としてほしい。