創造的思考の源泉とマーケティング #04
『ハイパーハードボイルドグルメリポート』上出遼平氏が「テレビCMは嫌い」と語る理由
「良いものを見た」と思ってもらえる宣伝
萩原 上出さんは、宣伝を目的にした映像も制作されていますよね。宣伝には見えないけれど、本当は宣伝であるというような。
上出 確かにそうですね。某アルコール飲料メーカーが立ち上げた無駄を愛するオトナのカルチャーメディア「muda(ムーダ)」では、「地球イチ美味い酒」を飲むために、俳優の仲野太賀さんがアラスカを3日3晩歩き続けて目的地の「Wonder Lake(驚きの湖)」を目指し、最後にウイスキーで乾杯するという企画を制作しました。視聴者の評判が良くて、その動画を見てトレイル(森林や原野、里山などにある道)を歩き始めたという人もいました。
萩原 僕も動画を見てそんな気持ちになりました。
上出 嬉しいです。自画自賛ですが、企業にはああいうことをやって欲しいと思います。視聴者に「良いものを見た」と思ってもらえるし、おそらくお酒も飲みたくなりますよね。しかも作り手も最初から最後まで楽しんでいる。
萩原 ウイスキー、すごく飲みたくなりました。
上出 この前、ニューヨークの空港で日本人の青年から「上出さんですよね?」と、突然声をかけられたんです。その青年はこの動画がきっかけになって「アラスカに行ってきました!」と言うんです。制作者冥利に尽きますよね。でも、この動画は宣伝でもあるわけですよ。
萩原 僕も当該飲料メーカーのメディアだと知っていたから、最後にウイスキーの銘柄くらいは出るのだろうと思って見ていたんですが、それすら出てこなくて驚きました。
上出 そこは、メーカーの気概のようなものがあると思います。それこそ、コピーライターの開高健さんがその企業に在籍していた時代は、宣伝こそが「文化」の一端を担っていた部分もあったわけじゃないですか。なぜ今はそうではなくなったのかということですよね。
萩原 開高さんもそうですが、当時広告に関わっていた方からは、自分たちが発信するものは「文化」に昇華されるべきだという矜持をもっていたと思います。でも今は、それが数字やデータに負け始めている気がします。
ただ、企業としては人の心に残って、モノが動くCMを制作していかなければいけません。大きな予算を投じてCMや動画を制作していますが、本当にそこを目指していますか、と問いかけられているのかもしれません。
上出 おっしゃる通りですね。本当に価値があるものをつくれているのか、企業もつくり手もプライドをもって考えるべきなんです。
日本の映像制作の現場は常に予算がないのに、潤沢なお金を使ったテレビCMには、クリエイティビティが感じられないという謎の現象が起こっています。本当は、ものすごい悔しい思いをしているはずなんですよ。
萩原 僕もそう思います。
上出 見慣れた人が出てきて、見慣れた言葉を放って去っていくだけの15秒。この人に、これを見てもらいたいんだ、というつくり手の意思が感じられません。データでマスの最大数を狙うから、深く刺さるCMにならないんですよ。
萩原 ちなみに最近、上出さんがいいなと思った広告はありますか。
上出 うーん、何だろう…。パッと思いつかないですね。萩原さんは何かありましたか。
萩原 ここ数年であればやはり、サントリーホールディングスさん、大塚製薬さん、マクドナルドさん、日清食品さんの広告だと思います。
上出 確かに、それらの企業のテレビCMは間違いなく覚えていますね。
萩原 今、誰に聞いてもこの数社は上がってきますね。
※後編 グロテスクなものに踏み込めるのは親の「愛」があったから【元テレビ東京ディレクター上出遼平】 続く
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