マーケターズ・ロード 出口昌克 #02

「史上最低」の社内アンケート評価からの逆転、ソーダストリーム 出口昌克氏が実践した人材育成「10週間対話」

前回の記事:
P&G、日本コカ・コーラを経てソーダストリーム参画の出口昌克氏が驚嘆した10年で売上10倍以上の市場開拓戦略
 家庭用炭酸水メーカーを製造・販売する「ソーダストリーム」のカントリーマネージャーとして日本オフィスを統括する出口昌克氏は、消費財ビジネスのプロフェッショナル。前職は日本コカ・コーラのバイスプレジデント、前々職はP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)ジャパンの執行役員 マーケティング本部長と、輝かしいキャリアを歩んできたように見える。

 しかし、その道のりは苦難の連続だった。出口氏がどのようにビジネスの成長と社内評価の改善を実現できたのかを解き明かす本連載。第1回 は炭酸水を飲む習慣のなかった日本に2011年上陸し、市場を拡張してきたソーダストリームの戦略を解説。今回は、2021年に日本のヘッドとして入社した出口氏が直面した深刻な課題と、社員の成長を促す独自の人材育成法に迫った。(全4回)
 

「目線を合わせてください」


―― 前回は出口さんがソーダストリームに入った時、顧客コミュニケーションの方針について部下に反論され、ご自身の信じてきたマーケティング理論を覆された、というお話が印象的でした。謙虚な姿勢で、すぐに組織に溶け込まれたのですか。

 失敗しました。当時はさらなるビジネスの拡大に向けて、既存の枠にとらわれない大胆な発想を若手社員に求めました。私は組織運営には自信がありましたし、先にお話ししたように、社員が幸せを感じながらビジネスの成果も出せるような組織をつくりたいという情熱を持って入社してきましたので、「自分はこう思う、皆さんにはさらに上を目指して積極的に行動して欲しい」と全社員の前で熱意と期待を伝えました。そうしたら、大いに引かれてしまいまして…。自信が慢心になっていたのです。

 最初の1年が終わった頃、従業員満足度調査が行われ、私は史上最低の酷い評価をもらいました。数値的な評価はびっくりするほど低くて、自由記述も読んでいるだけで心が崩れ落ちそうになるほど辛辣なコメントが並んでいました。

 営業部長からは「出口さんの言う理想は正しい。けれど上から目線だ。もっと目線を合わせてくれないと、組織はついて来ません」とはっきりと言われました。どんなに内容が正しくても、上から目線で指示されると、言われた方は気分が悪くなります。私が良かれと思って伝えるフィードバックが社員の苦痛となっていました。みんなが幸せに働ける組織づくりを目指していたはずなのにと、反省しました。
 
ソーダストリーム ジャパンカントリーマネージャー
出口 昌克 氏

 プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパンにて執行役員マーケティング本部長、日本コカ・コーラにてバイスプレジデントとして国内外計15のブランド管理経験を持ち、消費財ビジネスにおける中長期戦略立案を得意分野とする。2021年より現職。カントリーマネージャーとしてソーダストリームの日本オフィスを統括する。

 また、マーケティング部長は当時の状況を、「出口さんの高い期待は経歴を鑑みれば理解できた。けれど、その世界を知らない社員は受け止めきれず、お互いの距離の埋め方が分からなかったんだと思う」と振り返ります。

 たとえば、会社を良くするために不満や課題がある時は遠慮なく言っていい、「何でもオープンに話を聞きます」と伝えました。私の中では、課題を提案するイコール、提案した本人が主導して速やかに解決策をつくるのが当然のことだと考えていました。そうすることで成長とともに成果を得ることができます。ところがその社員からすると、「助けてくれるのかと思って課題を伝えたら『じゃああなたが解決して』と言われて仕事が増えていく。しかも上から目線で指導もされて、嫌な気持ちになる」ということで、誰も私に意見を言わなくなってしまったのです。

 社員にはもっと大胆な提案をして欲しい、でも押し付けは逆効果。では、どうやったらこの状況を変えられるか。満足度調査の結果やフィードバックを受けて、模索しました。人事担当者に「こういう社内施策をやったらどうか」とそっと壁打ちしては、「それじゃないです」とフィードバックを返され「では、これでどうだ」とやっても、「それじゃない」と言われ続ける日々です。それなら、直接彼らの意見を聞く機会を設けるのが早いと思いました。

 実はそれ以前から、月1回ほど、私が培ってきたマーケティング戦略や理論について、社員への研修を行なっていたのですが、その評価を見ても心に響いていないし、彼らのニーズに応えられていないことが見て取れました。興味も経験値も異なる対象に、一対多数で私が一方的に喋る研修では効果がありませんでした。

―― 従業員アンケートで酷評され、マーケティングの研修でも手応えがなかった。そのつらい状況を、どう脱却したのですか。

 対話を重視する方向へ変えてみました。人数も経験値や属性が似た7名ほどの少人数に絞って、10週間とことん向き合ってみることにしました。「私はこう思うけど、あなたはどう思うか」と、自分の正解を探ってもらうための対話です。

 彼らが興味をもって参加できる話題を設定するために、自分が社会人になって「もっと早く知っておきたかった」と思ったトピックを30ほどリストアップして、社員の意見も聞いて、以下の10項目まで絞りました。1項目ごとにA4用紙1枚で概要をまとめ、さらに人事ディレクターにフィードバックをもらい、中身を練り上げました。

▼10のトピック
①WHY・なぜあなたはこの会社で働くのか
②理想の上司とは
③管理とは
④フィードバックのしかた
⑤提案のしかた
⑥戦略とは
⑦会議での輝き方
⑧上司への影響のしかた
⑨結論は先に
⑩キャリアマネジメントのしかた

 参加者には週1回1時間集まってもらい、私の意見を刺激として提示し、それぞれの意見を出してもらいました。その過程で、一見華やかそうなキャリアの陰に隠れた、私自身の弱みや本音もさらけ出したのです。

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