マーケターズ・ロード 出口昌克 #03

ソーダストリーム出口氏がP&G時代「首の皮一枚」と評されて気づいた「自分に足りなかったもの」

 

書きためた「閻魔帳」


 その頃、数年にわたってフィードバックを書きためていたノートを「閻魔帳」と呼んでいました。私はフィードバックを受けるのが苦手です。ネガティブな指摘を受けると心が痛みます。だから、紙の上に書くことで冷静に見ることができるようにしていました。

 閻魔帳にはなかなか、辛辣な言葉が並んでいます。たとえば「君は使いやすいけど使えないアシスタントブランドマネージャーだ」。一応、自分の意見は言うけれど、上司から指示があると従い、主体性に欠けているということです。そういう人はピンポン玉のように偉い人たちの意見に左右され、都合よく使われてしまいます。「Think(考えろ), Think(考えろ), Think(考えろ), Think(考えぬけ)」というのもありました。自分ではそれなりに考え抜いたプランなのに、上司に持っていくとこの言葉ですから。もう悔しくて、心の中だけでは処理しきれなかったのです。



 アシスタントブランドマネージャーの最後の頃は、この閻魔帳がフィードバックでいっぱいになっていました。ある夜遅く、一人オフィスに残ってパラパラと閻魔帳をめくって「こんなこと言われたな」と振り返っていた時、書いてあるフィードバックと、普段から上司に言われていたことがリンクして、「自分に足りなかった部分」が腹落ちした瞬間が訪れたんです。

 それが先ほど申し上げたオーナーシップの欠如です。本当に売りたいんだったら、自分事とし、情熱をもって取り組むこと。売り切るための正解を悩み倒して、プロジェクトの完成度を極限まで高めなければなりません。売り込む時も相手にとっての分かりやすさ、目標設定から戦略の一貫性、資料のフォントや会議の時間設定まで。それまで私が「8割方できているはず」と思っていたものは、上司にとっては2割程度の価値しかなかった。売り切るための努力が絶対的に足りていなかったのです。逆に、「これを絶対に売る」という情熱とオーナーシップさえあれば、すべて後からついてきます。

 これが2度目の転機です。翌日から、真剣に「売り切る」ためにどんな工夫ができるだろうと考え、それを全力で始めたら、うまく回り始めたのです。上司の指示は徐々に減り、承認と投資が増えていく。なるほどこういうことか、と納得しました。その時、辛辣な言葉を集めた閻魔帳が、感謝の塊に変わりました。「首の皮一枚」と言い放った上司の顔を思い浮かべ、いつか昇進した瞬間に辞表を叩きつけるのを楽しみにしてきたのですが、彼を含めフィードバックをくれた全員に「ありがとう」という気持ちになったのです。

 同期に遅れること2年半、6年目が終わろうとしていた時に、ブランドマネージャーに昇格できました。その時、それまで「手取り足取り指導」をしてくれた上司の言葉が忘れられません。「この遅さで昇格して、P&Gで成功した人はこれまでにいない。みんなすぐに辞めていっている。君がその歴史を変えてくれ」。改めて自分が「アンダードッグ(かませ犬)」であることを認識し、肝が据わりました。自分は才能あふれるトップマーケターでは無い。でも、オーナーシップだけは忘れず、愚直にやっていこうと。その後何度も訪れるビジネス上の危機に対処できたのも、この一言があったおかげです。



第4回(P&Gでの躍進と日本コカ・コーラでの組織運営を経て出口氏が追求するマーケターズ・ロード)に続く。
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