マーケターズ・ロード 笹本裕 #03

数字だけで市場は見えない、マイクロソフト時代に学んだマーケティングの教訓【DAZN Japan笹本裕】

 

“PC is King”の価値観でマイクロソフトが見落としたもの


 ここでひとつマイクロソフト時代にビル・ゲイツと一緒に仕事をして、マーケティングの視点について学んだことを紹介します。

 私は次世代のマイクロソフトを考える会議に招待され、ビル・ゲイツと4日間ほど一緒に過ごす機会がありました。そこでビルに「なぜすべての事業が米国中心なんですか?」と、愚問とも思える質問をしました。この質問に対しビルは、「米国が世界一だからだよ。エンジニアもみんな米国で働きたがるし、マイクロソフトの本社があるシアトルに行きたがる。だから米国が中心になるのは当然だ」と答えました。

 ビル・ゲイツの時代、マイクロソフトの事業の中心は間違いなくパソコンでした。Windows、Office365、Internet Explorerなど、すべてがパソコンをベースに事業を展開していました。しかし、世の中にはスマートフォンが出始め、時代はだんだんと変化してきていました。

 私が在籍した2007年から2011年頃のマイクロソフトは少し苦労していました。マーケティングという観点から見ると、市場の変化と自社の主力製品の受け入れられ方の差異が数字だけでは見通せなかったのではないかと思います。

 マイクロソフトは、パソコンというハードな箱の中で事業を成功させてきたので、そこに固定観念ができてしまっていたのかもしれません。それが市場変化への対応の遅れにつながったのではないでしょうか。結果的にハードからソフトへの転換を行い、クラウド事業で大成功を収め、今日のマイクロソフトに成長させたことは評価に値しますが、私がマイクロソフトにいたのはちょうどその狭間の時期でした。

 この経験から、マーケターとして「数字だけで物事を判断してはいけない」と身をもって学びました。マーケットの状況を数字で見ることは重要ですが、それと同時に感性も大切です。

 たとえば実際にインドに行ってみると、携帯電話がいたる所にあふれています。あるパソコンメーカーの公式ショップの隣で、大手携帯電話メーカーやパソコンメーカーのモバイル端末の模倣品が堂々と売られているのを目にして、大きなカルチャーショックを受けたことがあります。

 当時もそうですが、インドには多くのエンジニアがいます。私が行った時代はまだ、ガラケーからスマートフォンへ移行しているときでしたが、ガラケーの中にスマートフォンのようなOSをつくってしまう人もいました。そこで私は「マイクロソフトはモバイルにシフトしなければならない」と提言しました。

 しかし、当時の数字で見るとスマートフォンの利用率はまだ非常に小さな割合だったので、米国の本社からは「君は何を言っているんだ、数字を見てみろ。PC is Kingだ」と一蹴されてしまいました。ただアジアがモバイルファーストに移行していく様子は、米国からは見えていなかったのでしょう。もちろん、これは私の力不足で本社にうまく伝えられなかったという反省点もあります。

 この経験から私が学んだことは、少し根性論のようになってしまうかもしれませんが、マーケターは数字だけではなく自分の足で現場に行くことです。特に市場の転換期においては、この姿勢がより重要だと学びました。
  

※第4回 Twitter創業者ジャック・ドーシーから学んだパーパスの重要性【DAZN Japan笹本裕】 へ続く
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