TOP PLAYER INTERVIEW #87

AI時代にB2Bマーケターは生き残れるか? 庭山一郎氏が語る日本のB2Bマーケティングに潜む根深い問題

 

日本のB2Bマーケティングが抱える病理


―― 日本経済全体にとって、B2B企業がマーケティングを発展させることの意義はなんでしょうか。

 たとえば、トヨタのサプライヤーは6万社と言われています。トヨタは当社の定義ではB2C企業ですが、残るは全てB2B企業です。圧倒的に多いB2B企業が元気にならなければ、日本経済が元気になることなどありません。

 さらに言えば、今の日本で最も国際競争力のある産業は製造業です。金融や流通などさまざまな業種業態がありますが、海外売上比率が50%を超えているような企業はほとんどありません。

 しかもそれらの業態はマーケティング以外の課題、たとえばデジタル化に関してもアジアの中でさえ圧倒的に遅れているので、私たちマーケティングサービス会社がお役に立てる部分は限られています。

 それに対して製造業は売上の9割が海外というところも普通です。日本市場が縮小する中、今後ますます比率を高めていくでしょう。しかも、先ほどお話したように、彼らの唯一の弱点はマーケティングですから、製造業を中心にB2Bマーケティングを底上げし、グローバルな競争力と営業生産性を高めていくのは、日本経済のために私たちができる最良の取り組みだと考えています。

―― 先ほど経営層の啓発というお話もありましたが、B2Bマーケティングの底上げのために経営層以外のマーケターに求められることは何でしょうか。

 やはりエデュケーションですね。日本ではさまざまな教育機関や研修でマーケティングを教えていますが、大半はB2Cです。B2Bマーケティングが常設科目として設置されているのは私が知る限り、私も客員教授として教えている中央大学大学院ビジネススクールだけです。

 これはB2Bの実務領域の広さと関係します。たとえばデータ管理ひとつとっても、複数のデータベースを統合する「名寄せ」となると、実務経験がないと教えられません。「メールアドレスで統合すればいい」と答えても、社会人学生からは「アドレスを複数人で共有している会社はどうするか」と返されます。質問されても答えられないから、B2Cの先生はB2Bを教えたがりません。

―― マーケターが実務だけでなく体系的にB2Bマーケティングを学ぶことの意義はなんでしょうか。

 B2Bマーケティングの理論的なグローバルスタンダードは「デマンドウォーターホールモデル(Demand Waterfall Model)」という、米国のマーケティングリサーチ&アドバイザリーフォームのシリウスディシジョンが2012年発表したものです。

 同社は買収され、モデルも何度か更新されていますが、実数で計算しやすいことなどから、現在も2012年版がスタンダードであり続けています。これは大まかにInquiry(見込み顧客)から始まり、MQL(Marketing Qualification Lead:マーケティング由来の商談)からSQL(Sales Qualification Lead:営業が成約確度が高いと認めた商談)、Close(受注)までの漏斗状のファネルで、パイプライン管理などに活用できます。

 このモデルを活用するには最初のInquiryに何社何人のデータを入れられるかが重要となります。しかし日本では「NEC」だけでも全角半角、大文字小文字の違い、日本電気、日電、(株)が付くかどうかなど、40以上の表記揺れがあります。NTT東日本に至っては100以上あります。さらに全個人を企業に紐づける必要もあります。これらは最初の一歩に過ぎませんが、ここでつまずく日本企業は意外なほど多いのです。

 理論が分かっていても、実務が分からないと使えない。理論と実務が極めて密接に関わっているのがB2Bマーケティングの特徴で、これは他ではあまりないことだと思います。だからこそ私は「B2Bは面白い!」と思うのですが、学ぶ機会が極めて限られているのが実情です。

―― 教育の難しさは、日本のB2Bマーケティングが抱える根深い課題に思えますね。

 ただ、そこを改善すれば伸び代になります。そのことに気づく人も増えてきて、最近はB2Bに特化したカンファレンスなどが行われているのは良い変化です。

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