プロマーケターの倫理と資本主義の精神~広告苦情50年の歴史から~
売上と倫理、どっちを取りますか?「広告苦情50年史」から考えるプロマーケターの素養【JARO 川名周】
2025/03/04
- 広告戦略,
赤信号、みんなで渡れば怖くない…か?
「売上をとるか、倫理をとるか」。そう問われたら、マーケターのあなたはどちらを選択しますか?「もちろん倫理です」と答えるかもしれません。しかし、目の前の売上を獲得するために、少々大袈裟な「釣り」や「煽り」をしたことはありませんか?
そして、もう1問。信号を渡る時、赤信号なのに横断してしまう行為は道路交通法違反ですが、取り締まる警官がいなければ(実際には警官が居合わせるほうが稀ですが)あなたはどうしますか?
マーケティングコミュニケーション上、その表示が明らかな法律違反(*)だと分かっている場合、マーケターはその表示を使用することはないと信じています。しかし現実には、現在、そして過去からも「赤信号みんなで渡れば怖くない」的な行為は少なからず存在してきました。
誇大広告は他人ごとではありません。読者のマーケターも一般の消費者も、誰もが「自分ごと」として考えることが大切です。
この連載では、消費者の声を起点に問題のある広告を自主規制する民間の機関、日本広告審査機構(以降:JARO)に50年にわたって寄せられてきた広告苦情の歴史を振り返るとともに、今も昔も繰り広げられる広告と倫理のせめぎ合い、そして「プロの」マーケターに求められる「倫理性」について、考えていきたいと思います。
※マーケティングコミュニケーションの表示に関わる法律例:景品表示法・薬機法・健康増進法・特定商取引法・割賦販売法等

川名 周 氏
公益社団法人日本広告審査機構(JARO)事務局長
1985年博報堂に入社後、マーケティングプラナー・ディレクターとして数々の得意先のコミュニケーション開発・ブランディング・商品開発などに携わる。2006年にデジタル領域に転じ、博報堂DYグループの新しいコミュニケーションモデル「エンゲージメント・リング」を発表。10年よりエンゲージメントプラニング局長、14年より博報堂DYホールディングスでイノベーション創発センター長を務める。18年より日本広告審査機構事務局長。 日々ネット広告を中心に広告の適正化に務める。週末は、駿河台大学メディア情報学部客員教授、東京都立産業技術大学院大学・東京都市大学非常勤講師を務める。
共著に「自分ごとだと人は動く」(ダイヤモンド社)、解説に「本当のブランド理念について語ろう」(CCC)がある。
公益社団法人日本広告審査機構(JARO)事務局長
1985年博報堂に入社後、マーケティングプラナー・ディレクターとして数々の得意先のコミュニケーション開発・ブランディング・商品開発などに携わる。2006年にデジタル領域に転じ、博報堂DYグループの新しいコミュニケーションモデル「エンゲージメント・リング」を発表。10年よりエンゲージメントプラニング局長、14年より博報堂DYホールディングスでイノベーション創発センター長を務める。18年より日本広告審査機構事務局長。 日々ネット広告を中心に広告の適正化に務める。週末は、駿河台大学メディア情報学部客員教授、東京都立産業技術大学院大学・東京都市大学非常勤講師を務める。
共著に「自分ごとだと人は動く」(ダイヤモンド社)、解説に「本当のブランド理念について語ろう」(CCC)がある。
「プロフェッショナル」とは何か?
前項の最後に、私は敢えて「プロの」と強調しました。ところで、「プロ」とは何を指すか、ご存知でしょうか。広告苦情の歴史を紐解く前に、何気なく使われがちなこの言葉について、少し考えてみましょう。
Agenda note読者の中には、マーケティング業務で生計を立てている「プロ」のマーケターの方も多くいらっしゃるかと思います。
学生向けビジネスコンクールで賞を取るような優秀なマーケティング系学生は、どれほど優秀であってもアマチュアと見做されるのが常です。一方で、実際にマーケティングの仕事でお金をいただいている私たち(私もそのひとりです)は、全員が「プロ」と言えるのでしょうか?
NHKに『プロフェッショナル 仕事の流儀』という人気番組があります。この番組は2006年1月に放送が開始され、現在に至るまで続く長寿番組です。私自身もこの番組を好んで見ています。その理由は、必ず最後に「あなたにとってのプロフェッショナルとは何ですか?」という問いがあることです。この回答を聞き、毎回深くうなずいてしまうのです。回答の表現は人それぞれ異なりますが、共通して感じる矜持のようなものがあるように思います。
私は会社組織で働く傍ら、約20年にわたり大学生や大学院生に対して実務教員として教えてきました。その中で、「プロフェッショナル」とは何なのか、その語源や必要とされる条件について、改めて調べてみました。

123RF
「プロフェッショナル」の由来は「プロフェッション」です。これは中世以降の西欧では、宗教家、医師、弁護士という3つの専門職を指す言葉でした。その後、教師(教授)や会計士など、専門性の高い職業者も含むようになりました。
では、これら専門性の高い職業者たちには、どのような素養が求められたのでしょうか。また、それを現代のマーケターに当てはめると、何が「プロ」としての必須条件となるでしょうか。
歴史的経緯や専門家との対話、リサーチ、そして経験を踏まえて、私が導き出したのは以下の3つです。
(1) 体系的な理論(セオリー)の素養
たとえば宗教家であれば、聖書の内容を熟知し、適切な場面で引用できる能力があります。医師であれば骨格図が頭に入っていて、専門的な知識を身につけていることが求められます。マーケターであれば、フィリップ・コトラー教授らがまとめた『マーケティング・マネジメント』などの書籍に出てくる理論を理解していることが一例でしょう。
(2) 教育訓練を通じて蓄積された経験値
理論が講義などで学ぶ知識であるのに対し、こちらは実践による経験です。たとえば、野球では打席に立った数が重要です。成功のホームランだけでなく、失敗の三振も貴重な経験です。マーケターにおいても、多業種における、そして競争地位(リーダー、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワー)ごとの経験、新商品や新サービス導入、衰退期での施策など、多様な経験が大切です。そこで起こったことを「引き出し」にしまっておきます。
まだ経験年数が少ないという方も焦る必要はありません。新人にはOJTで引き出しの多い先輩が指導するといった仕組みができていることも、プロフェッショナル集団の特徴です。
(3) 高邁な倫理性
プロフェッションの語源は「Profess」(神の前で誓う)です。聖職者、医師、弁護士などには、嘘偽りなく職務を全うする義務があると考えられています。「高邁」とは「志が高く衆に抜き出ていること」(小学館「デジタル大辞泉」)です。職務に対する対価を受け取るプロには、一般の人よりも更に高いレベルでの倫理性が求められるのです。
これらの「プロフェッショナル」の意味を振り返ったときに、読者の皆さんはプロフェッショナル・マーケターの域に達しているでしょうか? 3つの条件のうち、セオリーの学習や経験値は業務の中で身につけられることが多いですが、最後の「高邁な倫理性」については、教えてくれる人は意外と少ないものです。現実は、そんなに高尚なことは言っていられない、という場合も多いかもしれません。
けれど、プロを自負するのであれば、「プロフェッショナル」という言葉が歴史的に負ってきた重みを知っておいて損はないでしょう。判断に迷ったときこそ、自分の心に問い直す姿勢を、プロとして持ち続けたいものです。
次回からは具体的に、JAROに50年にわたって寄せられてきた広告苦情を通して、広告と倫理のせめぎ合いの歴史を見つめていきましょう。その先に、「売上か倫理か」という冒頭の問いにも、もう一度向き合っていただければ幸いです。
※第2回 苦情1位は新聞。広告費詐欺など横行、業界の自主規制進んだ草創期【JARO 川名周】 に続く
